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第22話
「顕聖二郎真君と楊戩は同じ容姿や特徴で語られる。『西遊記』とか『封神演義』にも登場する中国ではなじみ深くて大人気の神様だ。二郎真君の額には真実を見通す三つめの目があって、中国の、道教の治水の神であり、武神だ。すごく強くて、超イケメン。三又の大刀『三尖《さんせん》両刃刀《りょうじんとう》』を持っていて、袖には哮天犬《こうてんけん》って名前の神犬を潜ませている。出生もすごくて、最高神である玉皇大帝の甥だ」
「…………」
「倫子さん、今言った『西遊記』や『封神演義』の他にも、『水滸伝』とか『三国志』、『項羽と劉邦』『紅楼夢』とか、古代中国の物語が大好きだって言ってた。で、生まれた子どもに、恐れ多いけど、超推しの次郎真君の名前をつけたんだって。でも〝次郎真〟じゃ変だから、文字をひっくり返して、〝真二郎〟にしたんだ」
真二郎は口を尖らせ、そっぽを向いた。
「……推しの名前って。そんなすげぇ名前つけられても困るよ。めちゃくちゃ名前負けだろ」
「きっと倫子さん、みんなから好かれる人になってほしいって思ったんだよ」
「…………」
「僕の母さんが言ってたことだけど、子どもができたと思った時は、立派な人になってほしいとか、容姿がいい子がいいとか、頭のいい子がいいとか、男の子がいいとか、女の子がいいとか、いろいろ思うけど、生まれるその時が来たら、健康であってくれたらそれで充分だって思うって。倫子さんは大切な我が子が、誰からも好かれる人になってほしいって願ったんじゃないかな。まぁ、次郎真君は超イケメンで強くてかっこいいから、多少はその部分も期待があっただろうけど。でも、倫子さんらしいと思うよ。そういうわけで、真二郎は努力したらすごい力を得られると思うな」
にこにこ語る璃斗に、真二郎は照れたように顔を背けた。
「にいちゃんの名前は?」
「僕? 直接両親から聞いたわけじゃないけど、漢字から察するに、〝瑠璃〟と〝北斗と南斗〟だから、宝石や星のように輝いていてほしいって願ったんじゃないかな。あるいは、自分たちの宝物、かな。あ、狛犬たち、目が覚めたみたいだ」
璃斗が指をさした。
「ホントだ、起きた」
「あん!」
「あんあん!」
「あんあんあん!」
四匹、起き上がって大きな声で鳴くと、真二郎の傍にやってきて体をこすりつけ始める。それをしないのは、額に薄い朱のしるしがある南風だ。じっと二人を見ているだけだ。
「くすぐったいよ。なぁ、お前たち、人間の姿になれないの? おはぎ、買ってきたよ」
その時。
「あーーーん!」
南風がいきなり大きな声で吠えた。そして前足をバタバタと動かす。すると前足から薄赤い煙が発生し、人間の手になった。次に首を天井に向けて突き上げる。そこから大きく背伸びをした。
「あーーーん!」
また吠える。薄赤い煙の量が増え、ポン! と音がして、人型の南風の姿になった。
「おはぎ!」
「あ、うん。これ」
真二郎がレジ袋から箱を取り出している横で、ポン! ポン! ポン! と立て続けに音と爆発が起こって、東風、西風、北風の三人が現れる。三人とも必死感満載だ。
「おはぎ! オレも」「俺も!!」「僕も!」
三人三様で叫んだ。
「わかってるよ。みんなの分、買ってるから。にいちゃんにお茶をいれてもらうから、部屋を移ろう。ここで飲食はダメだろ?」
修行用の道場だと思っている真二郎の言葉に四人は互いに見合い、それからうなずいた。
「豊湧さんの分も買ってるんだ。にいちゃん、お茶」
「わかった。じゃあ、僕らの部屋に行こう」
「はい!」
と、四人が一斉に返事をして立ち上がる。そしてみなで調理場に行って皿や匙、湯を用意して璃斗たちの部屋にやってきた。
重厚な座卓を囲み、璃斗が茶の用意をする。その横で真二郎が皿を並べ、おはぎを置いていった。
「一つ多いよ?」と東風。
「じゃんけんで勝ったもんが二個」と西風。
「南風が頼んだんだから、南風が二個じゃないか?」と北風。
「だったら嬉しいけど、どう考えたって豊湧様でしょ。ねぇ、真二郎」と南風。
四人が一斉に真二郎の顔を見つめる。すごい目力だ。
「うん。豊湧さんの分だよ」
「ほらぁ~! あんたたちバカすぎる!」
「お前は口が悪いんだよ!」「お前は乱暴なんだよ!」「お前は不細工なんだよ!」
男子三人が一斉に反論する。だがその中の一つの言葉に南風が反応し、大声で怒鳴った。
「誰! 不細工って言ったの! あたしは不細工じゃない!」
「自分のこと、不細工じゃないって思ってるなんて自意識たかー」
最初に反応したのは東風だ。
「ホントだもん!」
「でも美人でもないよ」これは西風だ。
「かわいいもん! 豊湧様がかわいいって言ってくださったもん!」
「お世辞だよ」と北風。
すると南風の顔が見る見る歪んで、目から大粒の涙がぽろぽろと流れた。
「ああーーーーーーん! あたしーー、かわいーーーもん! 不細工じゃないもん! ああああーーーーん!」
大音声で泣き始め、男子三人はきまりが悪そうに互いを見合った。困り切ったような表情を浮かべて、ツンツンと指でつついて無言で責任のなすりつけ合いを始める。その間も南風の爆泣きは止まらない。
「あーーーーーーーん!」
「南風、泣かないで。南風はとってもかわいいから。ねぇ、おはぎ食べようよ。好きなんでしょ?」
そう声をかけたのは璃斗だ。
「うるさいぃーー! 人間にかわいいって言われても嬉しくないーーーー!」
「そうなの? どうして?」
「人間は欲ボケで、願い事ばっかりして、根性悪いもん!」
「あらあら、そう言われたら返す言葉がないなぁ。でも、だから君たち神界の神様たちは、僕ら人間を大事にしてくださるんじゃないの?」
「えーーー、嫌い!」
「嫌いでいいから、そんなに泣かないで」
頭に手を置いて撫でようとしたらピシャリと叩かれた。
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