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第28話

「無意識に、避けられていることを感じ取っているのだろう。相手にされていない、受け入れられていない、そう理解し、苛立っておるのだと思われる。そなたはもともとから優しすぎる。その上に、恐怖があって、正しく生きておらぬ。この恐怖は、あの男の話ではないが」  璃斗は両目を瞬いた。 「正しく、生きていない?」 「それは真二郎も同じ。その歪みが狛犬たちを引き寄せ、案じさせたのだ。狛犬の役目を戴く証をそなたら兄弟に渡してしまうほどに」 「…………」 「あの者に毅然と意見できるよう、まじないをかけやるゆえ、しっかり己の言葉で伝えよ」  言うと豊湧は顔を璃斗に近づけた。整った麗しい豊湧の顔が迫ってきて、璃斗は焦ってぎゅっと目を閉じた。  ふっと額に息がかかる。そして人刺し指で眉間を押された。 「これで良い。さて、歪みの話はまた次の機会にいたそう。なにかあったようだ」  あんあんあんあん、と白い子犬が一匹駆け込んできた。 「あれは、南風?」  額にうっすら朱色の文様。間違いない。南風だ。 「あんあんあんあん!」  豊湧に向けてなにか必死に訴えている。 「あんあんあんあん!」 「わかったわかった、そう騒ぐな。どうやら真二郎が覗いていたようだ」 「ええ!!」 「そなたのことが気になるのだろう。私が行って話をする。璃斗はあの者に己の気持ちを伝えよ」 「……は、い」 「そう案ずるな。先ほどまじないを施した。勇気はすでにある。ああ、そうだ、南風、璃斗の傍にいてやれ」  すると南風は「うーー」と唸った。嫌みたいだ。 「嫌か、ならば仕方がないな。南風がそのように薄情とは知らなんだが」 「あんあんあんあん! あんあんあんあん!」  千切れんばかりにしっぽを振り、璃斗のもとにやってきてジーンズの裾を噛んで引っ張った。 「璃斗よ、これで鬼に金棒であろう?」  豊湧の笑顔に勇気が湧いてくる。豊湧が大丈夫だと言っているのだから大丈夫なんだ、と思えてくる。 「ひどい目に遭ってすぐに対応せよとは酷に聞こえるだろうが、犬神たるこの私が守っておるのだから安心せよ」 「豊湧さんを信じます」  豊湧は力強く、うん、とうなずくと、立ち上がり、微笑んで厨房から出ていった。 「あんあんあんあん!」  南風が高須に向けて吠えている。 「あんあんあんあん! あんあんあんあん!」  高須の体がわずかに動いた。璃斗は歩み寄り、ゆっくりと揺すった。 「高須君、高須君」 「……う」 「気がついた?」 「……璃斗」  目が合う。いつもならそれだけで怖くなるのだが、不思議と心は落ち着いている。対して高須のほうはなんだか驚いたような表情だ。 (豊湧さんが守ってくれている。それに南風が吠えていて、心強い)  璃斗は大きく息を吸った。そして腹の底に力を籠め、合わせた羽織の襟をぎゅっと強く握った。 「なんだかいろいろ誤解があるようだけど、僕は君のものじゃないし、君の気持ちや考えに応じる気もない。商店街の組合に入っている以上、もめ事を起こしたくないし、高須会長にはお世話になっているから君と揉めたくない。わかってほしい」 「お前はあの――」 「確かに僕は意気地がなくて、家業の手伝いをずっとしていたから友達もろくにいない。僕は君が怖くて言いなりなっていたと思っていたけど、もしかしたら君はまったく違ったのかもしれない。それを今回気づいたし、知った。だから、幼なじみで同級生。それじゃダメかな?」  高須がなにか言いそうになって、開いたく口を噤んだ。それから唇を噛む。 「今日のことは、本当は許したくない。だけど、二度としないと約束してくれるなら、公にはしない」  高須が手を伸ばした。どこを掴もうとしているかわからなかったが、璃斗は手首を掴んだ。そして睨みつける。 「僕は本気だ。本気で言ってる。今の生活が大事なんだ。なにより真二郎を大切に思ってる」  すると高須が物凄い力で璃斗の手を振り払い、立ち上がったかと思うとなにも言わずに走り去ってしまった。 (言えた……豊湧さんのおかげだ)  足元で南風の息遣いが聞こえる。目を向けると、南風がブンブンとしっぽを振っている。 「ありがとう。南風のおかげであいつを撃退することができた。お礼におはぎをごちそうするよ」 「! あんあんあんあん!」  嬉しそうに鳴く南風を抱き上げると、そのまま胸の中に閉じ込め、ぎゅっと抱きしめたのだった。

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