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第33話
二週間後。
「おはようございますー、パルファンですー」
朝の準備をしていると、扉が開いてパン屋の店員である町田がやってきた。番重には五種類のサンドイッチが詰められている。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「こちらこそー」
町田は明るく元気にサンドイッチを冷蔵棚に並べていく。
「そういえば、お店に来られる人から聞いたんですけど、花巻さんご兄弟、尊狼神社の境内によく行かれるんですか?」
「ええ、そうですね」
「なにかあるんですか?」
「なにかって?」
町田は一度視線を天井に向け、ちょっと考えたふうな仕草をしてから続ける。
「拝殿で手を合わせるだけじゃなく、本殿とか奥の杜とかにも行ってるって、ちょっと噂になってる感じ」
「ええっ! 噂って」
「ほら、このへんの人たちって、見花《みはな》神社のほうに行くじゃないですか。だから尊狼神社にしょっちゅう行くってなると、不思議なんだと思いますよ? で、なにかあるのかなーって。ご利益とか」
見花神社とは駅の向こう側にあって、さらに駅近で尊狼神社より大きいから賑わっている神社だ。尊狼神社は山の鎮守のために建てられたという話なので、普段は社務所も閉まっているこぢんまりした神社だ。だから当然ながら参拝者も少ない。
「うちからじゃ、わずかとはいえ尊狼神社のほうが近いんで。それに小学校の先にあるんで、真二郎が行きたがるんですよ」
「そういえば、そこで子犬を拾ったんですよね。あの子犬たち、シェルターに届けたんでしたっけ?」
「飼い主が見つかったんです」
「ああ、そうだった。一週間ほど閉じられた時、わんちゃんたちを引き渡したって言ってましたね。ヤだなぁ私、すっかり忘れてる。っていうか、SNSで見たつぶやきと混同してる」
町田は店の時計に目を向けると、「やばっ」と言って頭を下げた。
「それじゃ失礼します。あ、そうそう、今ね、大将がチーズケーキ作ってるんですよ。スイーツもちょっと置こうかって。そう遠くないうちに試作品持ってくるんで、感想聞かせてください。ではー」
璃斗の返事も待たずに行ってしまった。
それから間もなく開店。常連客が入ってくる。決まった弁当を手に最初にレジへ来たのは、近所に住むおしゃべりな宮武《みやたけ》というおばあちゃんだ。
「尊狼神社でよくあんたたち兄弟を見かけるって誰か話してたけど、なんかあるのかい?」
「えええっ、宮武さんまでその話!? さっきパルファンの町田さんに同じこと言われたばっかりですよ」
「最近、テレビなんかでもいろいろ物騒だろ? みんなそれぞれ、変なのがウロウロしてないか気にしてるんだよ。住人が警戒するってのが一番いい防犯だからねぇ。だからあんたたちのことも口にのぼるんじゃないのかねぇ」
「そうですか? なんかヤだぁなぁ。単なる参拝なのに」
璃斗は苦笑を浮かべるしかできなかった。
翌日。
「ただいまー」
「ああ、真二郎、おかえり」
「にいちゃん、ちょっと聞いてよ。学校でさ、俺らがしょっちゅう尊狼神社に行って、境内をうろちょろしてるって言われたんだ」
「ええっ」
「確かにさ、本殿の前で豊湧さんを待ってたり、狛犬たちと遊んだりするの、怪しいかもしれないけどさ。なんかやってんじゃないかって」
「それは確かに、そうかも。やってるけどね」
「うん。しかもさ、またヘンなのが出没してるって話だし」
「ヘンなのって?」
「露出狂って先生が言ってた。女子、気をつけなさいって」
困ったことだ。こんな大きくない町でアレを出して歩いていたら、身元判明などすぐだろうに。
「僕らも怪しまれてるのかなぁ。ヤだなぁ。さすがに露出狂と間違えられるのは心外だ」
「そりゃそうだけど、間違えられることはないよ。このへんじゃ、にいちゃん、有名だし」
「有名? まぁ、商売やってたら顔って覚えられるけど……」
「そうじゃないよ」
顔に?を浮かべる璃斗に真二郎が苦笑する。
「気づいてないならいいけどさ。でも、高須とか豊湧さんに気に入られてるんだから自覚してもいいと思うんだけどなぁ」
「なんの話?」
「いいよ、なんでもない。でも、神社に行く件、今度豊湧さんに相談しようよ。もっと別の場所で会えないかって」
「そうだね。それしかないね。僕らが神界に行けない以上、来てもらうしかないからねぇ」
「うちに来てくれないかなぁ」
それは璃斗も願うところだが、豊湧には世界を清めるという大切な仕事があるし、狛犬たちも修行中の身だ。この家に入り浸っているわけにはいかない。
「ところで、真二郎」
「わかってるよ。宿題だろ? 今からやるんだってば」
真二郎はランドセルを手に持って、二階へと逃げるように行ってしまった。煙たそうに言われたけれど、それでも二週間前までとは大違いだ。
「さて、僕も後半戦だ。頑張らないと」
その時、ドアフォンが鳴った。通話ボタンを押そうとしたら、玄関から「高須です」という渋い声がした。璃斗は商店街の会長である高須の父だと察して玄関に走った。
「ちょっといいかな」
「はい、どうしましたか?」
「尊狼神社に通ってるのは花巻君たちでいいよね?」
「はい、そうですが……それ、なんかよく言われるんです。なにかマズいことでも?」
「いやね、最近、また妙なのが出没してるらしいんだよ。前にほら、ふっかけの詐欺があっただろう? 今度は露出狂とか、若い子を狙った痴漢とかね。それで、みんな気にしていて、良いも悪いもいろんな情報が寄せられるわけ。尊狼神社は人の往来があんまりないし、裏手に小山もあるし、そういう輩が潜んでるかもしれないってことでさ。念のため、確認にね」
「疑われてます? 僕ら」
会長は「いやいや、とんでもない」と言いつつ両手を振った。
「だけど、堂々、花巻君たちは無関係です、ちゃんと確認していますって言えるかどうかは大きいからね」
「ですね」
自分たちが疑われるのは心外だが、それと同じくらい豊湧の館がある神聖な場所が良くないことに使われるのにもいい気がしない。不審者にはまったく困ったものだ。
「花巻君たちも妙なのを見かけたら、商店街でも交番でも届けてくれよ」
「わかりました」
会長は手を挙げると帰っていった。
(この状況で神社に行くのはホントにマズいかもな)
はあ、と大きなため息をついたのだった。
さらに二週間後。
「にいちゃん、神社、行こうよ」
「うーん、もうちょっと我慢しようよ」
「えーーー、二週間も我慢してるんだよ? 狛犬たちに会いたいよ」
「変質者、捕まってないんだろ?」
「俺たちが疑われることないだろ。にいちゃんだって豊湧さんに会いたいだろ?」
「会えるかどうか、わかんないよ。空振りすることだってあるんだから」
「えーー」
真二郎が頬を膨らませてブー! っとブーイングをするのを璃斗は我慢しろと諭すしかなかった。
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