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第34話

 それから二か月が過ぎた。  豊湧や狛犬たちと最後に会ってからは三か月が過ぎている。璃斗も真二郎も神社に行きたくて仕方がなかったのだが、行けない理由が二つあった。  一つは不審者情報だ。あれから頻発するようになり、各町会と警察が警戒を強めた。それによってパトロールをする者が増え、拝殿の奥にある本殿や裏の鎮守の杜には行きにくくなった。  二つ目、こちらのほうが会いに行けない大きな理由なのだが、尊狼神社を管理している大元が社務所の修繕を行い、宮司を常駐させることにしたのだ。併せて拝殿の大掃除も行うとのことで、業者が出入りし、参拝に行ってもせいぜい手を合わせるくらいで、境内を歩き回るのは憚られた。  修繕と大掃除はひと月くらいかかるそうで、終わるまでまだ半月もある。 「にいちゃん、風呂あがったよ」 「了解」  真二郎がタオルで頭をガシガシさせながらキッチンに入ってきた。冷蔵庫からオレンジジュースを取り出してグラスに注ぎ、ダイニングテーブルについている璃斗の前に座る。 「なぁ、神社、工事してるだろ?」 「うん」 「あれ、終わっても宮司さんが住むんなら、会いに行くの大変だよな?」  真二郎が口を尖らせなら言う。 「そうだね。どこで誰が見てるかわからないもんね。本殿の前で人が消えたら大騒動になるし」 「豊湧さんに相談したいのに会えないって! にいちゃんだって豊湧さんに会えないのつらいだろ?」 「うん」  すると真二郎がニマリと笑った。 「俺、一人で留守番できるから、豊湧さんとデート旅行してきてもいいぜ」 「そう? ありがとう。……え? 今、なに言った、真二郎」 「にいちゃん、豊湧さんのこと好きだろ?」 「好きだよ。でも、なんだよ、今の、デート旅行って」 「にいちゃんの〝好き〟が〝恋人として好き〟だってことくらい、小学生でもわかるよ。だから泊まりがけのデートしてきても大丈夫って意味」  一瞬で璃斗の顔が真っ赤に染まった。口元があわあわしている。 「男同士じゃ赤ちゃんはできないけど、カップルにはなれるんだぞ」 「なにバカなこと言ってんだ!」  真二郎が、てへ、と舌を出す。 「でもさ、この家で、豊湧さんと狛犬たちと三人と四匹で暮らしたいなぁ」 「そんなことできるわけないだろ」 「そうだなぁ~。なぁ、にいちゃん、深夜にさぁ、こそっと行こうよ、神社」 「ますます不審者騒ぎに拍車をかけそうだ。あーー、もしかしたら、それもあって宮司を常駐させることにしたのかなぁ」 「えーーー」  真二郎のブーイングとドアフォンの呼び出し音が重なった。こんな時間に、と二人顔を見合わせる。 「はい、どなたですか?」 「璃斗、私だ」  璃斗と真二郎はハッと息をのみ、慌てて駆け出して、転がるように走った。 「豊湧さん!」  玄関の扉を開けると、豊湧が立っている。いつもながらに麗しい。四匹の狛犬たちも揃っている。 「わあ! お前たち!」  真二郎が子犬たちに抱き着いた。小さな腕の中に三匹が収まって、しっぽを激しく振っている。南風は相変わらず豊湧の足元にいる。だが小さなしっぽは左右に揺れていて、なにを考えているのか一目瞭然だ。 「入ってください!」 「ああ、お邪魔する」  豊湧たちをリビングに案内する。急いで飲み物を用意するが、冷蔵庫に十八型のホールの濃厚抹茶のチーズケーキがあることを思い出した。今日、町田が店に置くチーズケーキの試作品だからと言って置いていったのだ。  真二郎と二人でホールケーキを片付けるのはしんどいと思っていたのでちょうどいい。  チーズケーキを八等分にし、まずは四つを小皿に取り分ける。それを狛犬たちの前においてやった。 「これ、チーズケーキなんだ。試作品だけどパルファンさんところケーキだから、おいしいと思うよ。抹茶味だから、なじみのある味だと思うし」  狛犬たちはちょっとまチーズケーキを見つめ、それから恐る恐る舐めて、やがてがっつき出した。「こんなにおいしいもの、初めて!」という気持ちが全身からだだ洩れた。 「豊湧さんもどうぞ。お茶も」 「すまない。礼を言う」  豊湧もフォークで切り分け、口に入れると目を輝かせた。 「これはうまい」 「でしょ。それで、豊湧さん、今日はどうしたんですか?」  豊湧はもう一口食べると茶を飲み、こほんと一つ咳払いをして喉を整えた。 「そなたたちが一向に訪ねてこぬゆえ不思議であった。そうしたら社が騒々しくなってな。管理者を置くとのことで建物を整えているようだ。人目を気にしておるのだろうと思うて、こちらから出向いてきた」 「そうなんです。業者の方がいっぱいいるので、手を合わせるくらいしかできなくて」 「ちょうどさっき、真夜中にこそっと行こうって、にいちゃんに言ってたところなんだ」  真二郎が入ってきて、二人の顔がそちらに向く。豊湧は「そうか」と相槌を打った。 「でも、修繕が終わっても、本殿から神界に行くのはちょっと難しいんじゃないかと思っています。いつどこで誰が見ているかわからないじゃないですか。それに一回二回はスルーしても、何度も何度も本殿まで行ってたら、この二人はなにをやってるんだろうとか思うかもしれないし、こっそりついてきて、僕らが消えたのを目撃されても困るし。豊湧さんに相談しかったんですが、そもそも神社に行けないから、真二郎とどうしようかって話してたんです」  豊湧は袖に手を入れて腕を組むと、ふむ、と唸った。 「豊湧さんがうちで暮らしてくれたらいいのに」 「こらっ、真二郎」 「だって、そしたら一石二鳥じゃん」 「一石二鳥とは?」 「にいちゃんは大好きな豊湧さんと暮らせるし、俺も狛犬たちと一緒にいられるし! あ、俺も豊湧さんのこと、大好きだけどさ」 「真二郎!」 「ほう、璃斗は私のことが好きなのか?」  その瞬間、璃斗の顔が真っ赤になった。 「図星のようだな」 「ややっ、やめてくださいっ」 「熱烈に頼まれては考えねばならんが、話はそう簡単ではなくてな」  豊湧の言葉に、沸き立っていた二人のテンションが見る見る下がっていく。真二郎などはわかりやすくガックリと肩を落とした。 「ちぇ」 「よい方法がないか考えてみるゆえ、しばし猶予をくれ。私も狛犬たちも、そなたたちの顔が見たいのでな」  豊湧はそう言って優美に微笑んだのだった。

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