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第36話(LOVE)

 今日は璃斗にとって最高の一日だった。  八時に店を閉め、七人で夕食を囲む。狛犬たちも夕食の時間中人型を保てるように神力をためていたようで、子犬の姿に戻ることなく、璃斗の用意した食事を楽しんでいた。  真二郎はもう大興奮で、箸をマイクに見立てて流行りの歌を歌って踊っていた。璃斗は行儀が悪いと思ったものの、好きにさせてやった。真二郎にとって、もしかしたら彼の中で初めて幸せを実感できているのかもしれないと思って。  騒ぎすぎた真二郎と狛犬たちは夕食後の一服の間に寝てしまった。真二郎は彼部の屋へ、狛犬たちはリビングに置いた犬用ベッドに寝かせて、豊湧と二人で片づけをした。これもまた璃斗には言葉にできない幸福だった。こういう些細なことにたまらない幸福を覚えるからだ。  そして今、璃斗はかつて両親が使っていた部屋にいた。ここは今日から豊湧の部屋となる。なんとも感慨深い。 「本当に大丈夫なんですか? なんだか申し訳ないです」  本当は、来てくれて嬉しい、ありがとう、そんなポジティブなことを言いたいのに、出てくるのは気遣いからの謝罪の言葉だ。  豊湧はフッと笑うと、璃斗に歩み寄ってそっと胸の中に閉じ込めた。 「そなたは心配性だな。人の人生は、私にとっては短い。それに狛犬たちの心を引き寄せる心根のよい兄弟を守ることは、我ら神と呼ばれる存在にも吉《きつ》となる。案ずることはないし、もっと己の心を解放するといい。私がすべて受け止める」 「豊湧さん……」 「そなたはまだ、たった二十年しか生きておらぬ。九つの真二郎とたいして変わらぬ。もっと自由に、もっと盛大に己の可能性を信じて、思う道にまい進すればよいのだ」 「はい。あの、望みがあるのです」  ふむ、と豊湧がうなずく。 「豊湧さんに触れていたいんです。温かくて、すごく幸せなんです。体温とか、質感とか、僕は一人ぼっちじゃないって思えて……心強くて」  璃斗は豊湧の胸に顔をうずめながら、左右に顔を動かした。全身で豊湧を感じられて心が沸き立ってくる。 「ならば私も望みを言うが、そなたのすべてが欲しい」 「僕はもうとっくに豊湧さんのものです」 「真二郎には、神に捧げられる者は生贄だと言われたが、それは核心だ。人の世界から超えてしまう。それでもいいか?」  豊湧の背に回した腕に力を込めて答える。豊湧もより強い力で抱き返した。 「僕らの願いを叶えてここに来てくださった。一緒に暮らしてくれるとおっしゃる。その感謝への礼はどんな形でもかまいません。どうしよう……言えば言うほど、豊湧さんが好きで好きで仕方がないって気持ちが溢れてとめられない」  豊湧が璃斗の肩に手を置いて、少しだけ体を離した。 「豊湧さん?」  ゆっくりと豊湧の顔が近づき、額にキスされる。反射的に瞼を閉じると、今度はその瞼にキスが落ちた。 「ほう……」  言葉は続かなかった。そっと塞がれて言葉の欠片が喉の奥へ消えていく。 「……ん」  優しく触れた圧がゆっくりと変化し、唇の形が潰れるくらい強くなる。そこからチュッとリップ音を伴って離れ、すんでのところで止まり、軽く吸われた。今度は角度を変えてまた吸われ、力が込められていく。 「……はあ」  豊湧の唇が完全に離れると、璃斗は熱のこもった吐息をついた。 「来たその夜《よ》にすべてを求めるのは尚早だろうか」  顔にかかる豊湧の息も同じように熱い。  璃斗はかぶりを振った。 「一秒も惜しいです」 「そうか。ならば、遠慮はいらんな」  ひょいっと璃斗を抱き上げてベッドに寝かせる。袖口が広く丈の長い羽織を落とすようにスルリを脱ぐと、背に手を回して帯の結び目を解いた。剥ぐように着物を脱ぎ、璃斗に覆いかぶさる。 「神様も……欲しかったりするんですか?」 「当然だ。人間ほど貪欲ではないだけだ」 「どうして?」 「子孫を残す必要がないから、定期的な周期や本能的な衝動は起こらない。相手との交流から生まれるもの……人間的に言えば、絆、かな。絆がこの身に沁み込んで、神力と結びつき、己のもとにしたおと求めるようになる。それはまことに少ないことで、特別な存在だ」 「僕は豊湧さんにとって特別なんですね?」 「そうだ。かなり、な」 「……嬉しい」  璃斗の目に涙が浮かぶ。豊湧はそれを指先でぬぐい、さらにキスで上書きした。 「私の璃斗」  豊湧の呟くように落ちた名前を聞いたあとは、部屋には互いの、はあ、との熱のこもった息だけになった。  サラサラと衣擦れの音がして璃斗の肌があらわになる。つぶらな胸の二つの頂は感じてツンと勃っていた。片側を指でつまむと、うっ、と声がした。 「心地よいか?」 「……とっても」  さらにきゅっと優しく潰す。璃斗の体はそれだけで震え始めた。 「なにも知らぬのだな。愛いことだ。私だけを知っておればよい。これから、ずっと」 「ほ、う、さん、両方、やって、よ」 「慌てずとも」  クニクニと折るように潰すと璃斗の腰が揺れた。璃斗のものが少しずつ力を持ちつつある。  豊湧は顔を近づけ、頂に息を吹きかけてから唇で挟んで、それから次に歯を当てて噛んだ。 「うううっ」  声が出そうになって璃斗は右手の甲で口を押さえた。  それでも突き上げてくる衝動までは押さえ込むことはできない。

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