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5/5(完)
食欲の次は性欲も、ちょっとだけ、では止まりそうになかった。
いわゆる人肌の温もりに触れるのも、そんな刺激も、久々だったから勝手が分からなくなっていて、加減ができなかった。すっかり僕に付き合わせてしまった。
途中で体勢も変えさせてもらった。正常位になって脚を開かせる。子供だからか、体が柔らかく、小さい体によく入っているのがよく見えた。
翼くんは顔の脇で枕をつかんで、ますます泣きそうな顔で呻いている。奥まで入ってしまって、苦しいのかも知れない。入り口がきつくて、痛いのかも知れない。
「痛い? ごめん、泣かないで」
謝ると、翼くんは首をぶんぶん左右に振る。
「ちが……そーゆーんじゃないっ」
そう言って、枕を折り曲げるように深く頭を抱えてしまった。
「ヤダぁ、オレ、何か変だよぅ、変なこと考えてるっ」
「へ、変なこと?」
腰を止められず、打ち付けながら聞き返した。
大きな枕に埋もれるようになった翼くんが、喘ぎながら言ってくる。
「増田とヤッてんの、キモチーって……ヤバい、変なカンジ、オレ」
それを聞いた瞬間、これまで以上に胸が締め付けられた。ずっと動いていなかった所に、一気に血が通ったみたいに熱くなった。
「ぼ、僕も変。もうずっと、頭動いてないけど。ついさっき死にそうになったのに、仕事サボって、こんな……」
高校生の男の子と、午前中のラブホテルにいる。セックスなんてしている。出会った時から、1番遠い行為を。
腰を押し付けて、翼くんの奥まで入れた。
傷付けたいわけじゃない。むしろ、大切にしてあげたい。そんな気持ちが押し寄せてくる。
「……今、すっごくキスしたい」
正直な気持ちが口から出ていた。
僕自身もびっくりしたが、翼くんはもっとびっくりしたように目を見開いて、また首を振る。
「ちょっ、そーゆーのナシ! マジで、ヤバいから……!」
赤くなった顔の中で、クリッとした目は潤んでいた。涙がこぼれそうになって、ウルウルしている。
「お願い。最後だから」
僕は止まらなかった。体を倒し、顔を寄せる。翼くんの下半身を持ち上げて、腰の下に膝を入れる。
「ヤダ、ヤダぁ」
さっきまでのヤンチャぶりはどこへ行ってしまったのか、翼くんは弱々しい声で言いながら、顔をそむける事しかできなくなっている。
「さっきそっちも、そっちから、したよね」
僕は、ずるい大人だ。
何も言い返せない翼くんの顔に片手を添え、キスして、舌を入れる。
「ふっ、ウゥ……」
涙声が漏れるのが聞こえた。噛み付かれたり押しやったり、抵抗されてもおかしくないのに、翼くんはきつく目をつぶって、受け入れてくれた。
煙草と、歯磨き粉の混ざった味がする。それに、少しだけしょっぱい。
顔を離すと、目と睫毛を濡らした翼くんが僕を見ていた。
「さっ、最後とか……最後とか言わないで……」
「…………」
僕は言葉が出なくなってしまった。
動くのもやめて、じっと見つめる事しかできなかった。翼くんの涙が、すごく綺麗な物に見えた。
自分のために泣いてくれているのが伝わってきて、今まで自分の中にあった不安や、嫌な感情が全部押し流されていったのが分かった。
僕は何も答えられないまま、何回も翼くんにキスした。
「んっ、オレ、やっぱ変だっ……なんかいつもみたいに、できない、パニクってる」
翼くんがヘアゴムとヘアピンだらけの茶髪をぐちゃぐちゃにしながら言った。自慢のヘアセットが台なしだった。
ようやくキスを止めて、話せそうだった。
「そうなの? 確かに、さっきまでと雰囲気違うね」
自然と、口角が上がってしまった。いやらしいし、だらしない顔になっているのが分かる。
でも、今更カッコつける意味なんてない。
翼くんは一度前髪を押さえて、持ち上げるようにひっぱった。不機嫌そうにしているのが見える。
「いつものおっさん相手だったら、ぜってーこんな事、ないのに。そもそも、オレからキスとか、しねーし」
納得がいかないと唇を尖らせてから、ちらっと下に視線をやる。僕も釣られて見た。
「……何で萎えてねーの? オレ、こんな、冷めるようなこと……」
翼くんが不思議そうに聞いてきた。
何を言われているのか、よく分からなかった。冷めるも何も、という気持ちだ。
「さあ。ただこうしてるの、いいなと思ってるだけ」
僕がそう答えると、翼くんの目線が急に柔らかくなった。顔がほころんで、小さい口から八重歯が見える。
「そっちも、キャラ変わってる。さっきまで死にそーな顔してたクセに……何でイケメンなん」
実際に顔の造形が変わったわけじゃないのは分かっている。平凡を絵に書いたようなサラリーマン。それが僕だ。
でも、イケメンと呼ばれて、悪い気はしなかった。
翼くんは手で乱暴に涙を拭いてから、僕の肩につかまるように添えてきた。
「ね、名前教えて。呼びながらイッてみたい」
耳に当たる吐息や、ねだってくる少し掠れた声が、子供とは思えないほど色っぽくてドキッとする。
「え、だから……」
「下の名前。カノジョとか、そーゆーのから呼ばれてる名前」
彼女とか、そういうのは今の僕にはいない。
いつから居ないのかは覚えていない。仕事が忙しくなって、恋愛はおろか人との交流から遠ざかっていたのだから。
でも、改めて聞かれると照れくさい。
「……康司 」
小さく答えた。そんな風に呼ばれていたと知られて、からかわれるんじゃないかと余計な心配をしてしまう。
でも、翼くんは、
「コージ。ふふ、コージな」
バカにするのではなく、幸せそうに笑って繰り返した。
それから、
「オレのことも、ちゃんと呼んでな」
とまっすぐ目を見て言ってきた。
「あ、えっと……」
呼び方に、まだ迷ってしまう。ずっと翼くんと呼んでいた気がするけど、またキモいと言われそうだ。
「ツバサ。これ偽名じゃねーから」
「疑ってないよ……翼くん」
案の定、翼くんがしかめっ面をする。
「翼……」
慌てて言い直すと、満足そうに笑った。クリッとした目がまだ潤んでいて、でも、八重歯がこぼれるような可愛らしい笑顔だ。
「ひひっ。いーじゃん、チョー興奮すんね」
翼のことは、まだよく知らないのに、そう言われただけで胸がいっぱいになった。
止まっていた腰をまた動かしながら、あちこちにキスする。舐めたり、少し歯を立てたり、指や手で触ってみると、やっぱり未成年なんだと思わされる。
肌は柔らかいのに、弾力やハリがあった。色んな所の毛が薄くて、乳首が小さい。
そんな子と、してはいけない事をしていると思うと、ますます興奮してしまった。
僕は、翼の言う通り、変態だ。
「アッ、ひあっ……! コージとすんの、ヤバ……!」
翼は高い声を上げ、しがみ付いてきた。体をくねらせるから、柔らかくて温かい肌が全身に当たる。
「翼、ツバサ……!」
何回も何回も、名前を呼んだ。
僕のことが特別なんだと、必要なんだと思わせてくれた。そんな翼の名前を呼べる事が、嬉しかった。
「コージ、コージっ! ヤバ、イキそ……!」
そう言ったのを最後に、翼は下唇を噛んだ。堪えようとしているように見えたが、それもむなしいくらい、次の瞬間には仰け反ってしまう。
「アアーッ! イク、イクイク!」
叫ぶほどの声を上げて、まだ華奢な体をビクビクと震わせる。腰に絡みついた細い脚まで使って、僕を締め付けてくる。
それに釣られて、僕も出してしまった。
力が抜けて、息を吐きながら翼の上に倒れる。気持ちよさに耐えられなかった。
けど、急に冷静になった。血の気が引き、すぐに起き上がる。
「ご、ごめん! 中に、出しちゃった……」
慌てて謝ったが、翼はまた無言で腕を伸ばし、ぎゅうぎゅう抱きついてきた。細い腕に、苦しいくらい抱きしめられる。
ひひっ、といういたずらっぽい笑い声が耳にくすぐったい。
「いーよ、別に。オレ女子じゃねーし。っつーか、ちょい嬉しかったりして」
「へ……?」
耳元で聞こえた言葉がまた予想外だったから、聞き返してしまった。気の抜けた声で。
「そんだけオレとのエッチ良かったって事じゃん。チョー気持ちいいって」
「……う、うん」
耳まで赤くなったのが、自分でも分かる。恥ずかしいのに、抜け出せない。翼の腕と脚が、しっかりと絡み付いていた。
仕方ないので、僕も翼の首や背中に腕を回す。自分の重みで潰してしまわないか心配になるくらい小さいのに、翼に包み込まれている気分だった。
「よ、良かった、よかったよ……」
取り繕うような言い方になってしまう。ふふ、と笑うのが聞こえた。嘘じゃないのが伝わったのだと思う。
「な、また会わね? オレ、コージとは今日だけで終わらしたくない」
体を少し離して、お互いの顔を覗き込む体勢になった。
何か言わなきゃ。そう思うのに、焦ってしまって上手い言葉が出てこない。こんなに嬉しいのに。
「なんかもっと、ゲーセンでプリ撮ったりして。服見たり、カラオケしたり。遊園地とか海とか行って、いいカンジのことして遊びたい。エンコーとかじゃなくて……」
僕が言葉を探す間にも、翼くんは一生懸命言ってくれた。
「その……僕のこと、心配してくれてる?」
ようやく出せたのはそんな確認だった。
「何が?」
「次の約束とかして……また、ああいう事しないように、してくれてるとか」
僕がそう言うと、翼は困ったように眉根を寄せ、
「ヤバ。増田がイミフなこと言ってる。オレがまた会いたいだけだし──」
そこまで言い、何かに気付いたように表情を変える。
「──あ、そーゆー意味か。ウケる」
話している途中で、僕の言った意味が理解できたらしい。柔らかく、少し恥ずかしそうに笑う。
「ふふ、今のでバレたっしょ。オレそんな考えてモノ言えねーよ」
そんな翼は僕をまっすぐに見て、
「なんか、あんたのこと好きになったっぽい」
と、はにかんだ。
また、胸が締めつけられる。怒鳴られたり、後ろめたい事を聞いたりした時とはまったく違う感情があった。
愛おしい、というのが正解かも知れない。
「言っとくけど、マジだかんな? こーゆーの、ヤッたからみたいので誰にでも言ってない。マジで、命かける」
翼が文字通り一生懸命に言ってくる。
「分かるよ……」
僕はそう言うのがやっとだった。嬉しいと思っているのに、それ以上何も言えなかった。
翼は照れたように笑った後、少し首を起こし、クローゼットからはみ出したままの僕の鞄を見た。
「もうさ、ずっと仕事サボればいいじゃん。オレに渡そうとした金あんだったら、生きていけるっしょ」
それからまた顔を向けて、
「だから……死ぬよーな仕事やめとけって。おっさんでも仕事辞めたり、会社変えたりとかフツーにしてるっぽいし。っつーか、増田が死ぬの、やなんだけど」
小さめの両手で僕の顔をはさんで、言い聞かせてきた。何とか僕を説得したいみたいだった。呼び方は、なぜか増田に戻っていた。
さっきまでの僕なら、転職なんてしたらキャリアが落ちるし、辞職なんて有り得ないと否定していたに違いない。
でも、そうしなければとは、もう思わなかった。
「そうだね……しばらく休んで、人間生活するよ。ちゃんと寝て、食べて。面白いテレビ観たり、会社以外の場所に、出掛けたり」
追い詰められているような感覚が消えて、考え方がすっかり変わっているのが自分でも分かった。抱えていた重さや暗さが吹っ切れ、視界が開けたように、頭の中がすっきりとしていた。
「イチバンはオレな? オレとお出かけすんだかんな?」
翼が食い気味に言ってきた。
「デートすんだよ! カレカノ的な、そーゆーの。カレカノっつーか、ヤロー同士だからカレカレ? 分かんねーけど」
まだ手も体も離そうとしない。僕がうんと言うまで、解放してくれなさそうだ。
だから、うん、と頷いて僕も翼の髪や顔に触った。翼はクリッとした目で僕の手を見るだけで、セットがどうとは、もう言ってこなかった。
「これからは、翼とカレカレになるために生きるよ。それでいい?」
翼が命を賭けて好きだと言ってくれたから、僕も翼に命を懸けて生きる事にした。翼は、間違いなく僕の命の恩人だ。
それを聞いた翼はやっと満足そうに、それでいてまたいたずらっぽい、八重歯の可愛い笑顔になった。
「サイコーじゃん。オレらだったら、ハンバーガー100コよか楽しい事できるっしょ」
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