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第1話
魔剣を繰る《魔剣の手》とその魔剣を宿す《魔剣の鞘》は、あらゆる国が欲する魔具を操る人間を指す。《手》と《鞘》はどの時代でも血眼で求められる対象だ。我らがファガルド皇国もそれは同様で、国教のハリア教が構えるこの神殿で何度となく魔方陣を使った捜索が行われている。
《魔剣の手》を探すための儀式が執り行われているまさに今。残念ながら俺は国の行く末より別のことに意識を持っていかれていた。神殿の地下広間、一部の人間のみが集められたその場所。巨大な魔方陣が光り、多くの神官たちが祈る中、警護の騎士という名目でここに立っているはずの俺は魔方陣の明るさに目を細めながら一人の神官を見つめていた。
並び跪く神官たちの中の一人。他の者よりも少し背の高い彼を俺はずっと見つめている。神官は薄いヴェールを顔の前に垂らしているから表情までは分からない。儀礼用の甲冑と兜を身につけた俺は、視線がそれていても気づかれないのをいいことに、任務中であるにも関わらずぼうっとしていた。
すると俺の前に立っていた上司の動く気配がある。それに倣おうと体を横に向けたとき、大神官の細く皺のある指が俺の鎧の胸部分に当てられた。
「え……」
「エリオット・セム・グランヴィル」
低くしわがれた声が俺の名を呼ぶ。何故俺の名を知っているのか。思わず反射で片膝をつき、兜を外して傍らに抱えることができたのは普段の訓練の賜物だろう。どうして、魔方陣の光るタイミングで俺の名を呼ぶなんて。心臓がうるさく鳴っている。まさか。そんなはずは。
「そなたを魔剣の手として認める」
神殿内がざわつく。大神官の後ろでカンテラを持つ女性神官が俺の顔を照らした。ざわめきは段々と大きくなり、やがて歓喜の声が上がり始める。上司と目が合う。驚きと、やはり喜んでくれているようだった。
「よくやったぞエリオット!」
上司が俺の名を呼び、片膝をついたまま動けないでいる俺を支えて立ち上がらせる。
魔剣の手。俺が。何故。嘘だ。心の中が混乱する。
大神官にその疑問をぶつけてしまいそうな衝動を飲み込む。駄目だ。喜べ。喜ばなければ。思いながら笑った俺はうまくできていただろうか。周囲の同僚が俺を称える。熱く拍手を送ってくる神官たちの中、立ち上がれば余計に目立つ彼も手を叩いているのが見えた。その光景が嫌に目に焼き付いている。心臓は静かになった代わりに痛みを感じていた。
こうして、俺は今代の魔剣の手に選ばれてしまったのだった。
魔剣はこの世界に蔓延るハリア教の教典に創世記から記されている魔具だ。魔力を持つ《鞘》と呼ばれる人間の体内に宿り、鞘と対になる《手》の役割を持つ人間のみがその柄を握ることができる。宿る魔剣は時々によって、歴史上何度も現れる剣もあれば新しく見つかる剣もある。
同じ時代に同じ魔剣が表れることはない。一国が一振りでも得られれば国家間の関係はバランスを崩すし、それが抑止力にも争いの火種にもなる。今代はすでに二振りの魔剣がそれぞれの国に現れている。いまは静観した状況にあるが、ファガルド皇国が新しく魔剣を得るのなら、その均衡はやはり崩れるだろう。
あらゆる国が躍起になって魔剣を探している。魔剣の鞘と、魔剣の手を。
世界は魔剣に魅入られている。
神殿での口頭による任命のあと、俺はすぐに別棟にある大神官の部屋に呼び出された。大神官は相当な高齢のため、椅子に座り、代わりに傍らの神官が俺の立つ場所を指し示す。魔方陣の前でカンテラを掲げていた女性神官だ。
「この度は貴殿へ祝福を申し上げます。おめでとうございます、グランヴィル騎士」
厳しそうな雰囲気を持つ彼女は、大神官に次ぐ地位の副神官だったはずだ。俺の名前を知っていたのか、さっき呼ばれた時に覚えたのか。どちらでも構わないだろう。
「ありがとうございます」
「我々はまだ貴殿の魔剣の鞘となる者の発見に至っていません。これより貴殿の主たる責務はいち早く魔剣の鞘を見つけることになります」
「承知しております」
感情が声に乗らないよう必死だった。兜も抱えたままなのだから表情もうまく作らないといけない。生憎と俺は微塵も喜べていなくて、むしろ落胆しているのだから、それが知られることは身分的にも許されないことだった。
「歴代の手と鞘の出現時期を考えれば、どちらかが見つかれば引き合うようにもう片方も現れることが常です」
「なるほど。……私に何かできることはあるでしょうか。恐れ入りますが、剣のみで身を立ててきましたので仔細を知りません」
「問題ありません。どのように探すかは神殿の知ることです」
国教であるハリア教はこの国の民ほぼ全てが信じる宗教だ。だけど俺は敬虔な信徒とは言えないだろう。それは教えが俺の考えと合わないのもあるし、神の力を感じる出来事に恵まれてこなかったせいもある。だけど俺は国に仕える騎士なのだから、それを知られてはいけない。そのうえで、神の御手を信じていないことは自分が一番分かっているのだから、こうして魔剣の手に選ばれたことがどうしても納得いかないのも仕方がなかった。
「魔剣の手が鞘を探すために、一番の方法は直に触れることです。これから鞘が見つかるまでの間、貴殿の第一の職務は魔剣の手としてこの神殿で信徒たちと触れ合うことになります」
俺は絶句した。魔方陣を使った大掛かりな捜索が続くものだと思っていたからだ。ここから単純な人手による作業になるのか。もしかするとあの魔方陣を扱うのも容易なことではないのかもしれない。
「具体的にはどのような作業になりますか」
「皮膚による接触が必要ですが、握手をしていただくのが通例です。まずはこの中央神殿に仕える者から探します。その次は中央都の民から。徐々に範囲を変え鞘が見つかるまで探すのです」
「それは……ずいぶんと気が遠くなりますね」
「神の御手は必ずや我らに添えられます」
本当にそんなことを信じているのか。鞘が見つかった時に俺の年齢がどこまで行っているだろうかと思えば恐ろしささえあった。少なくとも魔剣を扱える状態であり続けられるようにしなければならないだろう。そんな、いろんな人と握手をし続ける活動の合間に、一日のどれだけを鍛錬に割けるだろうか。神の御手とやらがどうか素早く与えられることを祈るしかないのか。
副神官の案内に従って大神官の部屋を出る。明日から早速その作業が始まるのだという。この中央神殿に部屋を設けることもできると言われたが、断った。流石にそれほど神の近くにいたいわけではない。
「朝の祈りの時間に合わせて神殿までいらっしゃってください」
「お時間は」
「朝の四時です」
なるほど。神官とは大変な仕事らしい。
騎士団の鍛錬も似たような時間にするのだが、精神的な疲労が違ってくるだろう。しかし朝の祈りの時間ということは彼も参加しているだろうか。邪な期待が頭をもたげてしまう。
「祈りの時間には正装が必要でしょうか」
俺の問いに副神官が振り返る。彼女は俺の頭から足先までを見た。
「グランヴィル家の出自と伺っています」
「おっしゃる通りです」
「ならば正装でお願いいたします」
そっけない声だ。一応こちらは魔剣の手に選ばれた人間なのだが。気にしないほうがいいだろうと、彼女に続いて石造りの神殿の中を通っていく。
遠くに立つ一般神官が、こちらに気づいて頭を下げた。それは副神官に向けてか、俺に向けてか。この神殿の中は息がしにくい。ひっそりと喉にあたる上衣の襟を直した。
ふと、目の前の曲がり角から人が出てくる。俺は目を見張った。副神官と比べて高い身長。多分、彼だ。例え神官が皆同じローブを着ていても分かる。俺が唯一認識している彼は、他の神官たちと同じく俺たちに道を譲って頭を下げた。横から見ても彼の顔は見えないが、彼の黒い髪はわずかに覗いている。
「ツァリ神官。……ちょうどよいところに」
副神官が足を止める。頭を下げたままの彼の名はツァリ・ロイアントートという。俺が知っているのは一度だけ垣間見た彼の顔と、祈りを捧げる声と、その名前だけだ。それだけなのに、俺は彼に特別な感情を抱いている。今彼の姿を見れただけでも喜んでしまっているほどに。
「グランヴィル騎士がこの度魔剣の手と認められました。明日より魔剣の鞘の捜索にあたります。まずは貴方が触れていただきなさい」
「……畏まりました」
今何と言っただろうか。魔剣の鞘を探す名目で、いま彼に触れてもいいということだろうか?
邪な期待がまた膨らんでくる。ヴェール越しに見る彼は、俺と並ぶと流石につむじが見えるような高さに頭があった。薄暗い神殿の廊下では彼の目までは見えない。けれど、彼が特に感情を浮かべていないだろうということは先ほどの返事の声で感じ取っていた。
「初めまして。エリオット・セム・グランヴィルと申します」
「ツァリ・ロイアントートです。お手をお借りできますか」
差し出される細い指の両手。彼らは魔剣の鞘をどうやって探すかを知っているんだろう。俺が右手を差し出せば、彼、ツァリ神官は、その両手で俺の手を包み込んだ。
薄くわずかに冷えたような肌の感触。弱く握られた手が触れていたのは、長いようで、おそらく一瞬でしかなかった。
「如何ですか」
「……解り兼ねますが、御身に触れさせていただき光栄の至りです」
「とんでもないです」
尋ねる副神官と、手を放すツァリ神官と、それを残念に思う俺と。三様の言葉が行き交って、鞘の捜索の初手はすぐに完了した。そして俺は落胆する。魔剣の手に選ばれてから、一筋だけ残されていた希望。それが打ち砕かれたような感覚だった。彼が魔剣の鞘であればよかったのに。ずいぶん身勝手な俺の期待はここで終わってしまった。
「何か変調があれば報告するように」
「畏まりました」
「グランヴィル騎士、参りましょう。正面扉までご一緒いたします」
再び頭を下げたツァリ神官の前を通り、俺と副神官が歩き始める。ここから先、何が起ころうと俺の感情は報われないのだろう。そう考えると心が死んだような気持ちになる。副神官に聞こえないよう小さくため息をついた。
その後ろで何かが落ちた音がした。立ち止まって振り返る。そこには、壁に手をつき、苦しそうに胸を抑えたツァリ神官が膝から頽れる姿があった。
「……ツァリ様!」
思わず名を呼びながら駆け寄る。彼は苦しげに息を荒げている。肩が上がっているのは呼吸を無理やり起こしているからだ。
「副神官様、これは……」
「兆しかもしれません」
そう答えた副神官もツァリ神官の傍に座り込む。兆し。それを聞いて心臓が強く痛む。副神官はツァリ神官の肩に手を置き、顔色を見るようヴェールをわずかに持ち上げた。俺の角度からは彼の表情は見えなかった。けれど副神官の様子を見るに具合は悪いらしい。
「ゆっくり呼吸をしてください」
「……っ」
「副神官様、どこか休める場所はありますか」
「ツァリ神官。貴方を自室へ運びます。いいですね」
「……はい」
ぜいぜいと濁る呼吸の合間にツァリ神官が答える。歩けるようには見えない。俺は失礼を承知で副神官に兜を渡すと、ツァリ神官の体を自分にもたせかけるようにした。
「私がお運びます」
「ええ、お願いします。居住棟はこちらです」
膝の裏に腕を差し入れ、ツァリ神官を横抱きに持ち上げる。見れば白い指先が震えている。熱を感じ始めたその体は思ったよりも軽く感じた。
先に立って案内をする副神官の後を追う。兆しと言った。いや、もしかすると偶々突然体調が悪くなっただけかも。さっきまで歩いていたのに? 期待して違っていたらがっかりしてしまうだろう。だけど、もしそうなら。
ぐるぐると考えが巡る中、神殿の奥にある神官たちの居住棟へと向かう。警護や儀式でいろいろな場所に立ち入ってきたが、さすがに初めて入る領域だった。
「専門の医師を呼んできます。グランヴィル騎士、ツァリ神官を見ていてくださいますか」
「承知いたしました」
副神官が出て行く。今、俺はツァリ神官の居室にいる。まさか。夢か? 今日はそんな言葉ばっかりが頭に浮かんでいる。
騎士団の寮もさることながら、神殿の居室もなかなかに狭い。ベッド、サイドボード、小さなクローゼット。それだけしかないのだから、俺はツァリ神官をベッドに寝かせて、さてどうしたものかと立ち尽くす。まったく俺自身の事情なのだが、儀礼用の甲冑は脱いでもいいだろうか。装飾の多い儀礼用は実戦用と比べると重いのだ。小声で「失礼します」と断りだけ入れて、上半身だけでも甲冑を脱ぎ、部屋の隅に置いておく。
仰向けだったツァリ神官は苦しそうに横を向くと、少しだけ息がしやすくなったのか、呼吸が落ち着いたようだった。顔を隠すヴェールが、息をするたび端を揺らす。邪魔じゃないだろうか。救急応対を考えるなら靴を脱がせたり襟元を寛がせる必要があるだろうが、いかんせん俺自身が彼相手に平常心でいられないものだからどうしようかと躊躇してしまう。しかしなるべく休みやすいようにすることは大事だろう。欲を捨てろ。そう思いはするがそれが簡単にできるなら世話はない。
「ツァリ神官。靴を脱がせます。もしお嫌でしたら蹴ってしまって構いませんので」
そう一言告げて彼の足元に手をあてる。幸いなことに蹴られはしなかった。底の薄い靴を脱がせ、ベッドの傍に置くが、背の割にはあまり足が大きくないらしい。早速気にしなくていいことを気にしている。
神官のローブはもともとゆったりとしたシルエットなのだから、ベルトやボタンを緩める必要もなく俺は手持無沙汰になってしまった。小さく息をついて部屋に一つだけの窓を見つめる。外は昼を過ぎたころだろうか。
ガラスに映る俺は酷い顔をしていた。これで表情を隠せていたかというと、もしかすると下手だったかもしれない。髪はくすんだ黄緑色でグランヴィルの家系に稀に出るものだ。オレンジの瞳は母上譲りで姉と同じ色をしている。線の細い兄と比べれば俺は身長も高く体格にも恵まれて、どちらかというと父方の血筋が濃いのだろう。魔力適性が低いのも父親譲りだ。
ツァリ神官が身じろぎする。重そうに手を持ち上げ、顔にかかるヴェールを取ろうとしている。思わず俺は後ずさった。神官は基本一般信徒に顔を見せないようにしているはずだが。いや、そんなことを言っている場合じゃないんだが。
ヴェールが外され、枕の傍に落とされた。ツァリ神官の顔が露になる。黒くまっすぐな髪。白い肌と小さな顎。眩しそうに細められた目は目じりが上がっていて少し神経質そうな印象を与える。だけど綺麗な顔だった。昔一度だけ見た彼の顔とほとんど変わりがない。そう思っていれば、灰色の瞳が心もとなくさまよい、ベッド傍に立つ俺を見つける。
「……騎士様」
「如何いたしましたか。お加減はどうです」
「……」
薄く開かれた唇は何も言わず、枕に顔を埋めた。
「……申し訳ありません。……みだりにこのような……」
みだりに。つまり彼は顔を晒してしまったことを謝っているのか。俺は片膝をついて頭を下げる。
「今は御身を安んじてください。どうか姿勢を楽に。私は何も見ておりません」
そんな言葉が無意味であることはお互いに分かっている。それでも、彼が自分の身を第一に考えられるのならそれでよかった。彼の顔が見える側には立たないほうがいいだろう。俺は彼が耳だけでこちらの動きが分かるよう、少し大げさに部屋の壁にもたれて座りなおした。彼の背中側の壁だ。これなら彼がこちらを向かない限り顔を見ることはなく過ごせるはずだ。
どれくらい時間が経っただろうか。恐ろしいことに時計がない部屋なのだ。けれどようやく外から足音がする。それは明らかに走っているような速度だった。
「もう魔剣の鞘が見つかったって!?」
ノックもなく、勢いよく開かれたドアに鍵がないことにこの時気づいた。前言撤回、騎士団の寮より恐ろしい場所だ。現れたのは白衣の袖を肘までまくり、とび色の髪を後ろで雑に結んだ子供のような大人だった。……大人だろうか。しかし医師の証である腕輪をしているのだから、彼が副神官の呼んだ専門の医師なのだろうと判じる。
「おお! ふむ、魔力が乱れまくっているね。なるほどなるほど。へぇ、ほう。……ふーむ」
ずんずんと入り込んだ小柄な医師は、顎に手を当てながら観察するようにツァリ神官の顔が向けられているほうへと歩いていく。随分大胆だと言えばいいのか。俺は無意識に立ち上がり、まるで襲い掛かりそうな勢いでツァリ神官に顔を寄せる医師の挙動に動揺していた。
「おや、君はツァリか。なるほど、適性は高い。しかし年齢が高いな。だけど魔剣の手の、ああそこの騎士くん、君と接触してこうなったのだね?」
「え、ええ。おっしゃるとおりです」
「なるほど。では確かだろうね。ちょっと失礼」
そういうが早いか、医師は突然ツァリ神官の腹に手を当てる。びく、とツァリ神官の体が震えた。思わず俺も前に出る。
「先生!?」
「大丈夫、《柄》を探しているだけだよ。ふむふむ、ところで騎士くんは鞘の身からどのようにして魔剣を抜くか知っているかな」
「え? ……いえ、存じ上げませんが……」
「お、背中か。これも珍しいな」
「やめ……」
ようやくツァリ神官が声を発したかと思えば、体を探る医師の手をつかんで拒んでいるようだった。嫌がっている。思わず医師を見るが、彼も用が済んだらしく両手を持ち上げてベッドから離れた。
「失敬失敬。ええっと、なんだっけか。ああそう、柄の話だ。鞘の体に魔剣は宿り、その体に魔方陣が浮かび上がる。そこに魔剣の手が近づくことで柄が表れ、抜剣できるようになるというのが正解だ。ツァリは背中に魔方陣が出始めているね。大体は腹や胸に浮かぶのが多いんだが」
ここでようやく副神官が部屋に現れる。様子を見るに廊下を走ってはいけないから歩いて追ってきたのだろう。医師は無視して突撃してきたわけだ。俺は、滑らかに口を動かす小柄な医師を不穏に思いながら見つめてしまう。ツァリを見下ろしていた医師は俺の視線に気づいたのか、肩を竦めながら胸の前で腕を組んだ。
「ああ名乗りがまだだったか。僕はヨニだよ。気軽にヨニ先生と呼んでくれ」
「……ヨニ先生。ツァリ様が魔剣の鞘というのは本当なのですか」
「うん、その通りだ。現に魔方陣が浮かび始めている。僕が言うから間違いないよ」
「それは僥倖です。今日という日で魔剣の手と鞘が見つかるとは」
副神官が呟く。その視線はまだぐったりとしているツァリ神官に向けられているようだ。勿論彼女もヴェールをしているのだから細かくは分からないのだが。それにしてももう少しこの二人はツァリ神官の体調を考慮してもいいと思うのだが。どうにも彼より魔剣のほうが大事のように見えてしまう。
だけど俺は少しだけ緊張が和らぐ気がした。一番の懸念であった魔剣の鞘が、まさか、彼だったなんて。
ヨニ先生はまだ言っていないことがある。魔剣の手と鞘は、身分、年齢、性別を超えたお互いを唯一とするパートナーとなる。そして魔剣を宿す鞘に魔剣の手は魔力を流す必要がある。魔剣は鞘と手の二人の人間によって存在を保つ。その方法はいくつかあるが、一番シンプルな方法が性交なのだ。
俺が魔剣の手になったことを喜べなかったのはそこにある。何せ俺が知る魔剣の鞘は判明するのが十代前半の少年少女たちが主だったのだ。だから、鞘と手は年齢が大きく離れていることがほとんどで、俺はその仕組みに嫌悪を抱いている。それにツァリ神官がそんな年齢でないことも分かっていた。自分の気持ちに気づいている状態で、ツァリ神官が鞘になる可能性が限りなく低いことを想定して落ち込んでいたのだが。
どうやら俺は魔剣の手であり、その鞘はツァリ神官なのだという。ならば、この後俺はどうなってしまうのか。緊張は薄く拭えたというのに、いまはいっそ眩暈がする気配がした。
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