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第38話 髪飾りのお礼

 新年の王都は、どこに視線を移しても光輝いていた。  通りを横切るように、建物から建物に紐が伸びていて、それには四大精霊をイメージした赤、青、緑、黄色の丸いガラスが吊るされている。  太陽に照らされたガラスは、その光を反射して煌めいていた。    新年は、神が世界と四大精霊を生み出した日だと信じられている。  神に感謝し、世界と四大精霊の誕生を祝う。  それが新年だ。  ハルデランも、新年になるとお祭り騒ぎになるが、王都はその比ではなかった。  どこもかしこも、人、人、人……!  どの通りも、大きな川のように人が流れている。 「人、多いな」 「そりゃあ新年だからな。あ、酔っ払いが多いから気をつけろよ。大人は大概、酒を飲んでいる」 「それは経験則?」 「ああ。警ら隊だった時、新年は毎日全員が出勤。酔っ払いの喧嘩の仲裁に、詰め所で酔っ払いの介抱、たまに迷子の扱い」  そう話すユリウスはとても楽しそうだ。  いつだったか、近衛騎士になるよりも警ら隊にいたかったと話していた。  警ら隊時代が恋しい。  そんな気持ちが聞こえてきそうな笑顔だ。    しかし、ライリーはユリウスが何故笑うのか理解できなかった。  もっと言えば正気を疑った。   「うわ最悪じゃん」  酔っ払いは始末に負えない。  アルコール臭いし、人の話は聞かない。  挙句、道端で嘔吐する。  冒険者として夜のハルデランを歩いていた時、どれだけ酔っ払いに絡まれたことか。  思い出すだけで最悪の気分だ。   「まあな。でも、面倒だが、酔っ払いの戯言は聞き流せばいいからな。よっぽど口が回るやつを相手にするより楽だよ」 「そういうもん?」  理由を教えてもらっても、ライリーはいまいち理解できずに首を傾げた。 (酔っ払いも口うるさいやつも、どっちも嫌だろ)  だが、どうやらユリウスの中では少し違うらしい。  これはきっと、警ら隊と近衛騎士を経験しなければ理解できない感覚なんだろう。   「そういうもんだ。お、パイが売っているぞ。中にエールで煮込んだシチューが入ってるやつ」  ユリウスが指差した先は、初めて王都を散策した時、食べ歩きをした広場だった。  その中央には、噴水を囲むようにゆっくり座って食べられるテーブルと椅子が置いてあり、その周りに屋台が並んでいる。  今日も多くの屋台が出ているが、売られているのは新年の定番料理ばかりだ。  しかし、ユリウスが言っていた、エールで煮込んだシチューが入っているパイは、聞いたことも見たこともなかった。   「何だそれ美味そうだな」 「ついでにステーキも売ってるな。一緒に買って食べるか」  ユリウスの進行方向にある店先には、土台部分がタルトになっていて食べやすそうな手のひらサイズのパイ、そして、三つ目牛のステーキがディスプレイされていた。  近づくごとに食欲を唆る匂いが鼻腔を擽り、ここで食べ損ねたら一生後悔するぞと訴えかけている。    ライリーは吸い寄せられるようにユリウスの後ろ姿を追いかけ、屋台の前に立った。  パイとステーキ、ついでにエールも買う。  ちょうど空いたテーブルに買ったものを並べると、ライリーとユリウスは早速パイにかぶりついた。   「何これ、うま!」  外側はサクサクとした甘みのあるパイ生地。  エールで煮込まれたシチューは、口の中に入れるとトロトロと流れ出し、その具である肉は噛むとホロホロに崩れていく。  食感も味も最高だ。  スパイスの効いたステーキも分厚くて食べ応えがあり、非の打ち所がないほど美味しい。    パイもステーキも、屋台飯らしいジャンキーさが堪らない。  こういうものは、たまに食べるからこそ、その美味しさが際立つというものだ。   「ハルデランにはないのか?」 「俺が知る限りはないな。新年はあれだ……ええと、名前が出てこない。グラタンみたいなやつだ」  うっかり料理名を忘れたライリーは、その料理の見た目を頭に思い浮かべた。  大きな深皿に野菜たっぷりのミートソースマッシュポテトを入れ、オーブンで焼き目が付くまでじっくりと焼く。  出来上がったそれを家族で囲み、少しずつ取り分けて食べるのだ。  有名な料理店が出す料理というわけではなく、家庭で作るもののため、それぞれの家で味が違う。  ノーラン農場で食べるものも美味しいが、馴染みがあり、一番美味しいと感じるのは、やはり義母が作ったものだ。  その味を思い出したライリーは、食事をしているというのに、さらに腹が減ってきた。   「美味そうだな」 「美味いぞ。俺が作らなければな」 「野営飯は作れるのに、なんで普通の飯は作れないんだ」 「知るか。俺が知りたい」  強いて言えば、料理をする環境だろうか。  はたまた、扱う材料が違うからか。  王都でも、ジャクソン直伝の野営飯を作ってほしいと影たちにせがまれ、キッチンに立ったことがある。  ついでにケイトの料理を手伝ったのだが、野営飯は絶品だったというのに、火の番と味付けを手伝った料理は筆舌に尽くし難い味だった。  ライリーに頼んだ全員の責任だ。  手分けしてすべて残らず食べ、以後、ライリーには野営飯以外料理禁止令が出た。  これも向き不向きの問題だと、ライリーは納得している。    そんな軽口を叩きながら、ライリーとユリウスはパイとステーキを食べていく。  エールも飲み干して満腹になった二人は、腹ごなしも兼ねて初売りをしている大通りを歩き始めた。  四大精霊をモチーフにしたガラスの装飾は、新年という非日常を演出している。  どこもかしこも賑わっており、あちこちから笑い声が聞こえてくるだけで、ライリーの心が弾む。    人の流れに乗って歩いている途中、ライリーの視界に煌めくものが目に入った。  それは、頭上に輝く四大精霊のガラスの装飾ではない。 「なあ、ちょっと待って」 「気になるものあったか?」 「うん。まあね」  ライリーは視界の端で光ったものに導かれるようにして、ガラス細工の小物を扱う雑貨店に足を踏み入れた。  視界の端で光ったのは、ショーウィンドウに置かれた、ガラスで作られた可愛らしい猫の置物だったようだ。    店内は大きな窓から入ってくる陽光でどこもかしこもきらきらと輝いていた。  ライリーと同じように煌めきに惹かれ、たくさんの客が棚に並べられたガラス細工を眺めている。  ライリーは目の前にあった棚から順番に見て周り、そして、奥にある背の高い棚で良いものを見つけた。    銀のチェーンタイプのラペルピン。  その先端には、角が丸く削られ、ライリーの瞳を彷彿とさせるコバルトグリーンのガラスが煌めいている。    ライリーは迷うことなくそれを手に取り、カウンターにいる店員に会計を頼んだ。  ポケットから出したのは自分の財布だ。  ハルデランから持ってきたその中には、農場で働いていたときの給金が残っていた。  このラペルピンは、自分で稼いだ金で買わないと意味がない。    ライリーは会計を済ませると、足早に店を後にする。  そして、人の波にのまれないように露店を眺めていたユリウスの元へ駆け寄った。 「ユリウス」 「ライリー。おかえり」 「ただいま。ねえ、ちょっとじっとしてて」 「ん?」  振り返ったユリウスは、いつものように背筋が伸びている。  そのコートの襟元に、ライリーは買ったばかりのラペルピンを刺した。    ユリウスが着ているのは平民に擬態するための麻の服で、ラペルピンとは雰囲気や色彩が合わない。  しかし、ライリーの見立てでは、ユリウスの部屋に掛かっていたライトブラウンのジャケットに合うはずだ。 「はい、どうぞ」 「ちょッ、これ……!」  ユリウスは襟元に飾られたラペルピンを見て息をのんだ。  いつもはイタズラする側だから、逆にサプライズされることには慣れていないのだろう。  普段から何かと驚かされている分、ユリウスが口を開けて驚いている様子に、ライリーは大満足だ。 (プレゼント作戦、大成功だ!)  ライリーが頬を緩ませた瞬間、露天を眺めていた人々だけでなく、行き交う人までもが騒めいた。  女性は赤面してきゃっと小さな悲鳴を上げ、男性は口元に弧を描きながら口笛を吹く。  どこからか拍手も聞こえてきた。  その声に悪意は感じられない。  むしろ、喜びのような温かなものを感じたが、ライリーにはその理由がわからなかった。   「え、何? 何かあった?」 「いや、何でもないと思う」  首を傾げてユリウスを見れば、何故かその顔は耳まで真っ赤に染まっていた。  どうしたのだろうか。  酒に強いはずのユリウスだが、新年の雰囲気に呑まれ、今頃になってエールの酔いが回ったのだろうか。   「そう? 顔、赤いけど、酔っちゃった? どっかで休もうか」 「だッ大丈夫だ!」 「ならいいんだけどさ。あ、それね。高いものじゃないんだけど、前に髪留めを貰っただろ。それと、いつも世話になっているお礼」  騒めきに遮られてしまい、ラペルピンを贈った理由について話す機会を失っていたライリーは、騒めきの余韻がなくなってようやくそれを伝えることができた。 (やっと渡せた)   ずっと、ユリウスに何かを贈りたかった。  ユリウスがライリーの傍にいてくれるのは、仕事だとわかっている。  それでも、昔からの知己のように接し、支えてくれる彼に気持ちを返したかったのだ。  実は、ライリーは王都散策のたびに、こっそりユリウスへの贈り物を探していた。  しかし、ユリウスは、欲しいものはそれなりに手に入る貴族だ。  そんな彼に、何を贈ったらいいのか、検討もつかなかった。  そのため、ピンとくるものがなかったのだ。  加えて、ユリウスと話しながら歩き回るのが楽しく、ついつい全力で楽しんでしまっていた。  ラペルピンは、ライリーにとってようやく渡せたプレゼントなのだ。    「ありがとう。大事にする」  ライリーの言葉に、ユリウスは花が綻ぶように破顔した。  ユリウスが喜んでくれた。  そう感じたライリーもまた、満ち足りた気持ちになる。    王都に来る前にも孤児院のチビたちに贈り物をすることはあったが、彼らが喜んでいる姿を見た時よりも幸せを感じた。  こんな気持ちになるのは、初めてだ。  邪魔にならないようにと道の端に寄っていたとはいえ、ここは新年で賑わう大通り。  白い息のようにほわほわとした気分に酔っていると、後ろから大人数で歩いてきた一団の一人とぶつかってしまい、ライリーはよろけてしまった。    「うわっ」 「大丈夫か」  倒れそうになったところを、ユリウスに腕一本で受け止められた。  不意に心臓が跳ねる。  カッと体が熱くなったのは、エールの酔いが回ってしまったからに違いない。  きっと、そうなのだ。 「ありがとう、大丈夫。邪魔そうだし、歩こうか」 「それもそうだな」  ライリーはすかさず体勢を立て直し、人の流れに乗って歩き出した。   「この人混みだと逸れそうだな。手、繋いでもいいか」 「え……ああ、いいよ」  ユリウスの申し出に、またひとつ鼓動が跳ねる。  それを必死に隠しつつ、ライリーは差し出されたユリウスの手に自分のそれを重ねた。  新年の寒さに晒されていた手は冷たいはずだ。  しかし、ユリウスの手は暖炉にかざしたばかりのように温かい。  指先まで冷えていたライリーは、手から伝わってくる熱に、胸の奥まで温められたような気がした。

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