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第52話 新たな生活

 ハルデランの北東にある冒険者ギルド。  そのカウンターの前には、長い行列ができていた。  並んでいる冒険者たちは、討伐してきた魔獣が鑑定、換金される時を今か今かと待っている。 「ライリー、これ倉庫にお願い」 「はい!」 「あ、待って! こっちもお願い!」 「わかりました!」  カウンター内を行ったり来たりしているライリーは、鑑定が終わった魔獣の管理を任されていた。  普段はライリーもカウンターに座り、街人からの依頼申請や冒険者から依頼達成の報告を受け、手が空くと溜まった素材をマジックボックスになっている倉庫に運び込んでいる。  しかし、今日は次から次に鑑定済みの素材が積み上がるため、それを台車に乗せては倉庫に運び入れ、下ろし終わるとまた次の魔獣の山を崩して台車に乗せてを延々と繰り返していた。    カウンターと倉庫の間に大した距離はないが、それなりに重量のある素材を持ち上げて台車で運ぶとなると、段々と疲れてくる。  それはライリーだけでなく、カウンターに座って鑑定している同僚たちも同様だ。    休憩したい気持ちもあるが、ゆっくりできるのは用を足す時だけ。  あとは魔獣に追い立てられているような形相で、それぞれの仕事を消化していく。  一番下っ端のライリーは、素材の管理をする片手間に、あらかじめ用意されている疲労・魔力回復のポーションやお茶、軽食を同僚たちに配りつつ、一瞬の隙を狙ってそれらを口にしていた。  早く仕事を終わらせてベッドに倒れ込みたい。  ギルドで働く誰もがそう思った時、冒険者の列が騒めいた。  叫んだのは誰だったのか。 「グーロ討伐隊が戻ってきたぞ!」  その一言で、目の前にずらりと並んでいた列が一斉に崩れた。  冒険者だけでなく、ギルド職員も、そしてライリーも外に飛び出していく。  ディレの森に続く道には人集りができていて、討伐隊が目の前を通ると歓声と拍手が巻き起こった。  英雄の凱旋だ。  先頭で手を振るのは、ハルデラン周辺で活動する冒険者の中で一番腕が立つデレックという男で、その後ろには、討伐隊のメンバーが続いている。  彼らには疲労の色が見えるものの、それを上回る勝利への喜びに満ち溢れていた。 (かっこいい!)  貫禄のある彼らを見ると、ライリーの童心が疼く。  今はギルドの仕事も忘れ、喜びに沸く冒険者たちとともに拍手した。    グーロ討伐隊の帰還を聞いて真っ先に冒険者ギルドから飛び出したジャクソンは、到着した討伐隊に駆け寄った。 「怪我人は?」 「グーロが三頭いて多少手こずったが、怪我人はいない」  デレックは晴々とした笑みで答えた。  彼の言うとおり、討伐隊のメンバーに怪我はない。  それどころか、冒険者ギルドに到着した途端、勝利の演舞を披露し始めた。  それを見ていたハルデランの住人は拍手を手拍子に変え、どこからかギターを持ち出して即興の音楽を奏でる。  冒険者ギルドの前は、あっという間にお祭り会場と化した。  沸き起こる歓声を背景に、ジャクソンとデレックは大声を張り上げる。   「二頭のはずでは?」 「俺たちもそのつもりで行ったんだがよ。仕留めたところでもう一頭出てきやがった」 「情報が誤っていたようだ。すまない」 「グーロの生態とは違うんだ。しょうがないさ」  デレックは頭を下げるジャクソンの肩を叩き、顔を上げさせた。  二人はニカッと笑い、互いの苦労を労うように抱き締め合う。  ライリーはそんなジャクソンとデレックに、一際大きな拍手を送った。  ギルドに冒険者の行列ができていたのは、ジャクソンたちが話していたグーロが原因だ。  グーロは胴体が犬、顔が猫の魔獣で、動くたびに揺れる毛はふわふわとしている。  そして、肥満気味のぽっちゃりとした体は愛らしい。    だが、見た目に惑わされてはいけない。  馬車三台分ほどの巨体は、それだけ魔獣も人間も関係なく喰らうためのものだ。  鋭い爪と巨体に似合わず素早い動きで獲物を仕留め、ギザギザの牙で骨も残さず食べ尽くす。  予兆は一週間前だ。  ディレの森の中層域に生息するはずの魔獣が、森の入口付近で確認された。  ライリーとジャクソンで森に入り、その原因を探っていたところ、三日前に森の奥でグーロを発見したのだ。  今は初夏。  春に生まれた子どもへ、親が狩りを教えるためにディレの森に来たと推測された。    このままにしておけば、グーロの餌食になりたくない魔獣たちが森の入口付近まで逃げてくる。  そうすると、グーロもそれを追ってきてしまう。  人間が餌食になるのも時間の問題だった。    そこで、ハイランクの冒険者がグーロを、森から出てくる魔獣をその他の冒険者が討伐するという計画が急遽立てられた。  今日がグーロ討伐決行の日だったのだ。 「よし、グーロを処理するぞ。興味があるやつはついてこい」  ジャクソンの鶴の一声で、冒険者達は冒険者ギルドの裏にある鍛錬場に移動した。  デレックがマジックバッグからグーロを三頭取り出し、ジャクソンを筆頭に処理していく。  ライリーは分けられた素材を回収するため、ここでもまた走り回ることになった。 (きついな。でも、面白い)  グーロは遭遇率が低い魔獣だ。  後学のため、ライリーはジャクソンの動きをつぶさに観察しながら作業していった。  それが終わると、冒険者たちはギルドの中に戻り、鑑定と換金を待つ列を形成する。  ライリーも本来の持ち場に戻り、また魔獣の山を倉庫に運んでいった。    換金が終わった冒険者たちは、カウンターに隣接している食堂で討伐完了の祝杯を上げて騒いでいる。  冒険者たちの見る世界は、ライリーにとって未知の世界だ。  ジャクソンの下で、冒険者ギルドの職員として働き始めてから、ライリーは彼らの世界を知る努力をしていった。  すると、王都に行く前は粗暴で品のない集団だと思っていたが、いざギルド職員として働くと、彼らは騒がしくはあるが義理堅く情に厚いことがわかった。  それからは、業務外でも話すようにしている。  楽しそうに祝杯を上げる冒険者たちを横目に、ライリーは仕事に集中した。  書類整理が終わると、貴重品を持って二階にあるギルドマスターの執務室に移動する。  金の精算を済ませれば、今日の仕事は終了だ。  ギルドの最上階にある職員寮に住んでいるのは、ジャクソンとライリーだけ。  必然的に、最後に残るのはこの二人だけだ。  影であることを加味しても、都合がいい。  ライリーとジャクソンを追い立てるのは静かな宵闇だ。  あとは休むだけとなった二人は、のんびりと金と帳簿の数を合わせていった。 「四、五……っと。これで数が合いましたね」 「おう。今日はありがとな」 「いえ、色々と勉強になりました」  グーロのような珍しい魔獣が処理されていく様子は滅多に見られるものじゃない。  見るだけで勉強になった上に、これまでにないギルドの繁忙期を経験し、効率よく仕事を回すヒントも得られた。  疲労が溜まった体は怠いが、充実した一日を過ごしたことで心は潤っている。   「そりゃあよかった。今日と明日、ちゃんと休めよ」 「なんですか。その含みがある言い方」  備え付けの大きな金庫に金と帳簿を収めていたライリーが振り返ると、大きなため息が聞こえてきた。  豪華な執務机の前に座っていたジャクソンは怒ってはいなかったが、眉間に皺を寄せ、険しい表情を浮かべている。  ライリーはすぐに説教されるのだとわかった。   「ギルドや影の仕事を手伝ってくれるのはありがたい。だがな、それ以外にも、休みの日に冒険者として働くんじゃない」 「はい」 「ったく。影に残ってくれたのはありがたいが、ちょっとは俺の言うこと聞いてくれよ」 「すみません」  困ってるとアピールするジャクソンからの視線が痛い。  それは、ライリーの罪悪感を何度も突き刺している。  休んでいない自覚があるライリーは頭を下げるしかない。  何度注意されても止められないのは、脳裏に彼の姿が焼き付いて離れないからだ。  媚薬に冒され、ユリウスに助けられた翌日。  ハルデランに戻る前、ライリーはジャクソンに願い出た。  ハルデランにいるジャクソンの補佐として、影になりたい。  それは、僅かでもユリウスと繋がりが欲しかったライリーの自己満足に過ぎない。  それを知ってから知らずか、ジャクソンは了承し、今は表向きギルド職員として働いている。    ハルデランに戻り、体調が整ってから孤児院の家族に冒険者ギルドで働くことになったと伝えに行くと、再会の喜びも束の間、驚かれはしたが、ライリーが決めたのならと背中を押してもらった。  それは、王都に行って変わったライリー自身を受け入れてもらえたようで、胸が温かくなった。    それから一年、ライリーは影として、冒険者ギルドの職員として生活している。  何かをしていないとユリウスを思い出してしまう。  ライリーの中のユリウスの存在を掻き消すように予定を詰め込み、休みなく働き続けた結果、ジャクソンにそれを言及されたのが先ほどの会話というわけだ。  たが、どれだけ忙しくしてもユリウスの姿が脳裏から消えることはなかった。 (いつになったら消えてくれるんだろう)  その疑問に答えてくれる人は、誰もいない。  あるのは、今でも鮮やかに残るユリウスとの思い出だけだ。

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