2 / 38
第2話
闇夜の中、エルヴィンの決意だけは強く輝いていた。
事情はわからないが、消えゆく命を絶やすわけにはいかない。
「絶対に助けてみせる」
エルヴィンは覚悟を決めて、液薬を口に含んだ。
(ごめんなさい、殿下。命には代えられません。このことは誰にも内緒にいたします)
エルヴィンはルークの唇を指でこじ開ける。開いたわずかな隙間を狙って、自分の唇をルークの唇に押し当てた。
こぼさないようにゆっくりとルークの口内に薬を流し込んでいく。まっすぐに、喉の奥へと届くように。
ゴクリとルークの喉が嚥下反射で動いたのを感じた。
これなら、薬を飲んでくれる。
エルヴィンはもう一度薬液を口に含む。そしてルークの唇に唇を重ねて、ゆっくりと口移しで薬を与えていく。
それから三度同じことを繰り返して、ついに瓶の中の薬をすべてルークに与えることができた。
ルークの身体に触れてみると、身体が熱くなっていくのがわかる。これできっと身体の中の瘴気を祓うことができるはずだ。
「殿下、頑張ってください。どうか、どうか……」
ルークが回復してくれることだけをただ強く願って抱きしめる。温かくなったとはいえ、ルークの全身はとても冷たい。エルヴィンは身につけていた古ぼけた濃茶色のマントでルークの身体を包んだ。
すん、とエルヴィンの鼻を雨の匂いがかすめる。そうだった。さっき雨が降りそうだから、さっさと用事を済ませてしまおうと思っていたところだった。
だとしたら、ルークを早く室内に連れて行かなければ。
「はあっ!」
気合いを入れてルークの身体を持ち上げようとしても、びくともしない。それもそうだ。ルークはエルヴィンよりも頭ふたつぶんは背が高く、筋肉質で体格もがっちりしている。対するエルヴィンは小柄な猫獣人の中でもさらにチビで細くて腕力もない。
「どうしよう、どうしよう……」
さっき薬庫に行ったとき、近くに人の気配はまるでなかった。助けを呼ぶにも時間がかかってしまう。
迷っているあいだにも、エルヴィンの頬にぽつりと雨の粒が当たる。このままルークが濡れてしまっては大変だ。
「あっ!」
あたりをキョロキョロするエルヴィンの視界に二輪の台車が飛び込んできた。
あれは摘み取った薬草を運ぶために使うものだ。左右と前に板がついているが、物を出し入れしやすいように背面は空いている。あれにルークの身体を乗せることができれば、なんとか城内に運ぶことができるのではないか。
エルヴィンは急いで台車を持ってきた。台車の上にあった木桶をどかし、その下にあった藤製の布をルークの横に敷く。
「うおりゃあーっ!」
気合いでルークの身体を横へ転がし藤布の上に載せる。次はその布を引っ張るようにしてルークを台車に運び込む。ここまででエルヴィンはすでにクタクタだ。
ついに雨が降り出した。エルヴィンは貴族コートも脱いでそれでルークの身体を覆い、雨除けにする。
何度も足を滑らせ、白いシャツも泥だらけになった。身体は限界だと悲鳴をあげていた。それでも絶対に諦めなかった。足を止めなかった。
ルークを城内で城の見回りの兵士たちに引き渡したころには、エルヴィンは雨に濡れ、泥にまみれ、汚れきったドブ猫のようだった。
「遠征に行かれたはずの殿下がなぜここにいるんだっ?」
「とにかく命が危ない! 早く治癒係を呼べっ!」
兵士たちは慌ててルークを連れて行く。その様子をみて、エルヴィンはほっと胸を撫で下ろす。
きっとルークは最高の治癒師から最高の治療を受けられる。なんとか回復してくれるだろう。エルヴィンにできることは祈ることだけだ。
「これ、なんとかしなきゃな」
その場に残されたのは、泥と雨にまみれた自分自身と汚れた台車だ。
誰もエルヴィンに構う者などいない。みんなルークのことで大騒ぎだ。
エルヴィンは、疲労した身体を引きずるようにして、空っぽの台車を引いて再び外へ戻る。
雨に打たれながら、ふと昔のことを思い出した。
そうだ。
以前にもこんなふうにずぶ濡れの泥まみれになったことがある。
ともだちにシェアしよう!
ルーク様を助けたい一心の泥と雨まみれのエルヴィン様が尊いのですが……何だかもう既に切ないです😢
天下のルークさまと、その辺に転がってる猫(あ、いたの?)です😭 エルヴィンはホントは誰よりも頑張り屋なのですが⋯⋯