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第8話

 ルークは、すっかり動揺しているエルヴィンの顔をずいと覗き込んできた。額が触れてしまうくらいの距離まで迫られて、その魅惑的な瞳にエルヴィンの心臓がドキドキと早鐘を打つ。 「今さら照れているのか? 口づけまで交わした仲なのに?」 「くっ、口づけ……!」  たしかにルークと唇を重ねたことはある。でもあれは介抱のため口移しで薬を与えただけで、恋情の意味での口づけではない。 「忘れたとは言わせない。あの夜のことは最高の思い出になった」  ルークの言っていることがさっきからおかしい。  あの夜とは、ルークを助けた日の夜のことを指すのだろうか。あれは瘴気にあてられたルークを助けるために、液薬を飲ませただけだ。  そこまで思い出して、エルヴィンはハッとする。  これは、あの液薬の影響だ。  あの薬は、瘴気を焼き尽くす際に脳にまで影響が現れてしまう。人の顔を忘れてしまったり、記憶違いを起こしたりしてしまうのだ。  ルークはおそらく記憶違いになっている。  なんの因果か、エルヴィンのことを婚約者だと勘違いしているのだ。  あの日の夜の口づけは決してロマンチックなものではなかった。ルークに至っては覚えてすらいないはずだ。  だからきっと婚約者と過ごしたいつかの夜の記憶が、まるきりエルヴィンと過ごした記憶となってしまっているに違いない。本来ならエルヴィンになど興味がないはずなのに。 「ようやく動ける身体になったんだ。こうしてエルヴィンを抱きしめることができて心から嬉しいよ」 「あ……はは……」  抱きしめられているエルヴィンは、顔がひきつったままだ。  記憶違いになった可哀想なルークを邪険にはできない。命を救うためとはいえ、あの液薬を飲ませたのは他でもないエルヴィンだ。ルークをおかしくしてしまった責任を感じないわけではない。 「エルヴィン。今宵、お前に会いたかったのは頼みがあったからなのだ」 「殿下が、僕に……ですか?」  能なしのエルヴィンが、何かひとつでもルークの役に立つことなどあるだろうか。 「まだ体調が芳しくないのだ。身体を休めようとしても、悪夢を見てしまい、うまく眠れない」 「それは、困りましたね……」  瘴気にあてられると、頭にまで黒い気が流れ込んでしまい、悪夢にうなされることがある。起き上がれるようになっただけでルークの身体は万全ではないのだ。 「だからエルヴィン。添い寝をしてくれ」 「えっ? 添い寝ですかっ?」  ルークに添い寝……。つまりルークと同じベッドで寝ろという意味なのだろうか。  そんなことを想像しただけで心臓がやけにうるさくなる。まさか憧れのルークに添い寝を頼まれる日が来るなんて思いもしなかった。  でもこれは絶対におかしい。  ルークはエルヴィンのことを婚約者だと記憶違いしているから、そのようなことを言ってくるのだろう。  本当のルークが求めている相手はエルヴィンじゃない。アイルだ。 「そっ、そんなことしたらかえって休まらないのではありませんかっ?」  エルヴィンはルークの腕から逃れようと後ずさる。  もし、ルークが記憶を取り戻したら、好きでもないエルヴィンを抱きしめたり、添い寝をしたりしたことをきっと後悔する。  ルークに辛い思いはさせたくない。記憶違いだったとはいえ、婚約者がいる身で、どうでもいい下等獣人とあれやこれやしてしまうのは嫌なはずだ。
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コメント
4件のコメント ▼

来ました!記憶違い😭エルヴィンにとったら切ないです😭 が!添い寝とか✨もうルークの甘えるところに萌えキュンです💕

あー💦記憶違いで、殿下が溺愛してきますが、エルヴィンは逃げ切れるでしょうか……!?むり……😂

あれやこれやは?ルーク様の記憶違いなのですかね💧 でも、ルーク様の頼み事🤭可愛い〜 何だか体調不良を口実にされているような💕 エルヴィン様もルーク様のことが大好きなので、絆される?流されていかれますか??

薬のせいで記憶違いになった殿下に溺愛されちゃってますね(*´罒`*)ニヒヒ

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