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第10話

 大きなベッドの中央に横たえられ、すぐ隣にルークが寝そべり、エルヴィンの身体にふかふかの布団をかけてきた。 「エルヴィン。手を握らせてくれ」  布団の中で、ルークの大きい手のひらがエルヴィンの手を見つけて優しく握り込んできた。  すぐ目の前には、ルークが横たわっていて、甘い甘い飴色みたいな瞳でエルヴィンを見つめている。  握られた手からルークの愛情を感じる。ルークの温もりを感じる。 「でっ、殿下っ、あまり近くは……ちょっと……」  ルークがエルヴィンに身を寄せてくるので、エルヴィンの緊張は高まり、耳の先まで熱くなる。 「少しだけ許せ。エルヴィンの匂いを感じてると心が安らぐ」  今にも抱きしめられそうなくらいに近い。スンと鼻を寄せられ、ルークのふわふわの尻尾がエルヴィンの足をかすめた。  ルークは目を閉じ、穏やかな顔をしているが、反対にエルヴィンは目が冴えていく。  エルヴィンが望めばすぐ触れられる距離にルークがいる。目を閉じ無防備になっているルークの唇は、エルヴィンの目と鼻の先にある。  あの唇で愛を囁かれたら。口づけをされたら。 「エルヴィンは緊張しているのか?」  エルヴィンの様子を気にしたのか、ルークが目を開け、エルヴィンに微かな笑顔を向ける。 「はっ、はい、少し……」  本当は少しどころじゃない。飛び出すくらいに心臓の音がバクバクしている。こんなにうるさくしたら、音が洩れてしまうのではないかと心配になるくらいだ。 「はははっ、狼に食われるとでも思っているのか?」  ルークは声を出して笑った。 「安心しろ。婚約者とて、正式に妃に迎えるまではお前に手は出さない。これ以上のことはしないから、あまり怯えるな」  そう言ってルークはエルヴィンの茶色の髪を撫でた。その優しさに胸がキュンと跳ねる。  どうしよう。ルークはめちゃくちゃ優しい。  本当の婚約者になった気分になる。ルークのことをますます好きになってしまう。  これはルークの偽りの姿なのに。  触れるか触れないかの距離で寄り添っていると、やがてルークの静かな寝息が聞こえてきた。ルークが眠りについたようだ。  エルヴィンはルークの寝顔を眺めてみる。  ルークは端正な顔つきをしている。こんなにかっこいい人に迫られたら、ひとたまりもない。  婚約者に対するルークの態度はとても誠実だ。さすが黒狼獣人、婚約者ただひとりだけを一途に愛するのだろう。  それなのに記憶違いのせいで、こんな地味な猫獣人をベッドに誘ってしまっている。そのことに気がついたら、きっとルークは悲しむだろう。  可哀想にルークは何も悪くない。これは薬による治療のせいだ。  大丈夫、大丈夫。  今日のところはまだ病み上がりだし、記憶違いは治らないのだから仕方なしだ。  エルヴィンにとっては特別なことだけれど、黒狼獣人にとっては添い寝くらい大したことがないと言っていた。ルークが記憶を取り戻してもショックは少しで済むかもしれない。  それに偽物の婚約者でも、エルヴィンが隣にいる意味はあったかもしれない。  ルークは穏やかな顔で眠っている。悪夢にうなされている様子はない。誰でもいいからそばにいると本能的に安心するものなのかもしれない。  よかった。少しでもルークの役に立てたのならば、エルヴィンの罪悪感も軽くなる。  エルヴィンはつい頬を緩ませる。  ルークとのいい思い出ができた。話もできないと思っていたのに、勘違いとはいえ抱きしめてもらえて、一晩限りでもルークを近くで眺めることができた。  これは神さまから与えられたご褒美だと思うことにした。恵まれないエルヴィンに与えられた束の間の幸せだ。  かっこいい。凛々しいルークも素敵だが、寝顔までかっこいい。  婚約者のいる王弟殿下に身分違いの片想いをしても実るはずがないとわかっている。  だから。  だから一度だけでも。 「殿下。お慕いしています……」  エルヴィンはすっかり眠るのが惜しくなり、長い間ずっとルークの寝顔を横で眺めていた。
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