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第20話

「服、どうしよう……」  エルヴィンは部屋のワードローブの前で服をとっかえひっかえしながら頭を悩ませる。こういうときにとっておきの服を着たいと思うが、貧乏貴族のエルヴィンがそんな服を持っているわけがない。  パーティー用の服だって兄弟の着古したものを何年も使っている。あまりにみすぼらしい格好ではルークの隣を歩く友達にはなれない。どうみても使用人にしかみえないだろう。   あれこれ悩んだ挙句、一番まともそうな白シャツとラベンダー色の柄の羊毛の服にした。  首元には琥珀のブローチをつけて、少しでも華やかにみせるようにする。この琥珀のブローチは母親の形見分けの品だ。エルヴィンの持ち物の中でもっとも高価なものだ。 「遅くなっちゃったかな……」  迎えに来ると言っていたが、ルークはいったいどこにいるのだろうと思いながらエルヴィンは部屋の扉を開ける。  扉を開けて、エルヴィンはびっくり飛び上がった。 「で、で、で、殿下っ?」  エルヴィンの部屋の前にすでにルークが立っている。  ここは王家が来るような場所ではない。城の端っこにある、使用人の部屋がずらり並んでいるようなところだ。エルヴィンは一応王家だから個室を与えられているが、それだって決して広い部屋ではない。  案の定、ルークは通りかかる使用人たちに驚かれてうやうやしく礼をされている。みんななぜこんなところにルークがいるのだろうと不思議がっている。 「エルヴィン! 支度はできたか?」  にこやかに声をかけられても戸惑ってしまう。  ルークが来たらエルヴィンの部屋の扉を叩いて知らせてくれるものだとばかり思っていた。ルークはいったいいつからここに立っていたのだろう。 「エルヴィンは琥珀がよく似合うな。淡い色の服もよい。いつもエルヴィンは宝石を身に着けていないのに、デートだから格好を気にしてくれたのか?」 「えっ、あっ、あのーっ、まぁそういうことになりますけれども……」  言葉尻の声がだんだんと小さくなる。デートと聞いてめちゃくちゃ服装を意識したが、それはまるでデートを楽しみにしてましたと言わんばかりの行動だ。  実際、浮かれていたが、それをルークに知られてしまうのはとても恥ずかしい。 「殿下、いつからこちらに……なんか、すごくお待たせしてしまったようで……」 「構わない。急に誘った俺のせいだし、エルヴィンを待っている時間はまったく苦痛ではないよ」  ルークにぽんと肩を叩かれる。  そんなふたりの様子を見て、通りかかった犬獣人と兎獣人のふたりが目を丸くしている。ふたりともエルヴィンと同じくルークの妃候補として連れて来られた小国の獣人だ。小国と言ってもエルヴィンの国から比べたら立派な国家として成っている。小汚いエルヴィンは「家の格が違うから話しかけないで」とふたりの友達にもしてもらえなかった。 「殿下っ、お会いしたかったです!」  犬獣人はルークに尻尾を振って近寄っていく。 「妃候補の中からついに妃をお決めになられるのですかっ?」  兎獣人が目を輝かせた。  妃候補のみんなも実はそうだ。ルークが会いにきてくれないし、アイルがいるから無理だと口では言いながら、心の奥底では「もしかしたらルークの妃に選ばれるかもしれない」などと、淡い期待を抱いているのだ。  何を隠そうエルヴィンだってそうだ。現実を知っているくせに、ルークから離れられずにいる。治療の一環、友達、今夜だけ。そのときそのとき勝手な理由をつけて、結局はルークのそばにいたいと願ってしまっている。 「久しぶりだな。ニイナ」  ルークに名前を呼ばれて、ウサギ獣人のニイナは「名前を覚えていてくださったんですかっ?」と嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた。 「窮屈な思いをさせてすまないといつも思っている。何度か兄上にかけ合っているのだが、あの人は俺の話など聞く気がない。だがいつかは各々が国に帰れるようにしてみせるから」  妃候補という名の人質を決めているのは黒狼獣人の王でルークの兄、メイナードだ。さすがのルークでも王には敵わない。メイナードの決定には従わねばならないようだ。  たとえ、それが間違っている政策だったとしても。 「殿下、この窮屈な生活を改善する方法がございますよ?」  兎獣人はルークに上目遣いで迫る。 「妃候補を、殿下の妃にしてしまえばよろしいのでは? 私は国に帰るよりも、殿下の妃になれるほうが百倍嬉しいのですが……」  うわっ、図々しいと思うが、もしルークが妃候補全員を伴侶として迎えてくれるのなら、側室でいいから是非ともお願いしたいとエルヴィンは思ってしまう。  今ルークの妃候補はアイルを含めて七人いる。ということは順当にいけば、週に一度はルークと過ごせる夜がエルヴィンのもとに巡ってくる計算だ。  そんなことになったらすごく幸せだ。正妃アイルのところに多めに行くとしても、月に一度でもルークと過ごせたら。いいや、二か月に一度、半年に一度だっていい。

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