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第26話
翌日の朝、エルヴィンはいつもよりも早起きをした。今日は一段と気合を入れてルークの薬を作りたかったからだ。
「よし、できた!」
エルヴィンは煎じた薬を薬瓶に流し入れ、栓をする。
今日はかなりいい出来だ。毎日作っていたから調剤の技術が向上したというのもあるが、なによりエルヴィンの心がこもっている。
「殿下。エルヴィンは殿下のことが大好きですよ」
誰もいないことをいいことに、エルヴィンは薬瓶に向かって話しかける。
(殿下とキスしちゃった)
実は昨日からエルヴィンの頭の中は、ルークとの濃厚なキスのことでいっぱいだ。
あれからは何事もなく、ルークはエルヴィンを部屋まで送り届けてくれた。そこで「また明日」とルークと別れたのだが、エルヴィンの興奮は冷めやらぬままだ。
今日薬を届けたとき、ルークはどんな反応をみせるだろう。
おはようのキスをされたらどうする? そのまま「添い寝をしてくれ」とベッドに連れ込まれたら……?
ダメだダメだと、エルヴィンは頭を振って妄想をかき消す。
実は浮かれてる場合じゃない。昨日小耳に挟んだ話だと、元気になったルークは近々メイナードの命により、また戦いに身を投じることになるらしい。王弟なのだから先頭だって戦うことはないのにとルークの従者たちは不安がっていた。
その気持ちがエルヴィンにも痛いほどわかる。以前は、自ら先頭に立つルークの姿をかっこいいと思っていたが、今はどこにも行かないでずっと城にいてほしいと思うようになっていた。
ルークを失いたくない。つい先日も瘴気にやられて瀕死になったばかりだ。ルークの身に何かあったらと思うと恐ろしくなる。
エルヴィンは朝から薬煎室に向かい、いつものようにルークの瘴気回復のための薬を煎じて瓶に入れてからルークの部屋に向かう。
瘴気のダメージは見た目ではわからない。相変わらず記憶違いが続いていたから、目には見えないダメージが残っているのだろうと薬は毎日ルークに飲んでもらっていた。
エルヴィンが、ルークの部屋の入り口まで辿り着き、「おはようございます」とルークの従者たちに挨拶をしていつものように部屋の中に入ろうとしたときだ。
「エルヴィンさま、このままお帰りください」
ハーデンが目の前に立ちはだかり、行く手を遮られた。
ハーデンの雰囲気がいつもと違う。重苦しく、ピリリとした空気だ。
「えっ? どういうことですか? 僕は朝の殿下の薬を持ってきただけです」
状況がわからずエルヴィンは目をしばたかせる。
「そちらの薬は私が預かります」
ハーデンはエルヴィンの手から薬瓶を奪い取った。薬さえ手に入れば、エルヴィンは要らないというような冷たい態度だった。
「殿下が、エルヴィンさまはこの部屋にお通ししないようにと仰せなのです」
「…………っ!」
声が出なかった。ただその場に固まって立ち尽くした。
ついに恐れていたときがきたのだ。
エルヴィンが毎日用意していた薬の効果があったのだろう。ルークは瘴気から完全に回復したのだ。
そして記憶を取り戻したに違いない。
今日が、ルークとの突然の別れのときだ。
「……そうですか。でしたらきっとその薬は殿下には必要ないものですから捨ててください」
エルヴィンの身体は小刻みに震えている。ショックで胸がちくちく痛む。
「これで殿下の治療はすべて終わりになりますので、僕は失礼いたします」
ルークがエルヴィンを拒絶するということは、自分の婚約者が誰かを思い出したということだろう。
それならばエルヴィンは用なしだ。治癒師としても、記憶違いの婚約者としても。
楽しかったルークとの時間は急に終わりを迎えたのだ。エルヴィンにとって夢のようなひとときが、泡のようにはじけて消え去った。
ルークの笑顔も、いつかの日のキスも、エルヴィンはありありと思い出せるのに。
「殿下にどうかお伝えください。すべてを取り戻されたこと本当におめでとうございます。このときを心待ちにしておりましたとエルヴィンが言っていたと」
「かしこまりました」
ハーデンは形式的な返事を返してきた。
「失礼いたします。殿下のご武運を願います……」
それ以上は言えなかった。何か言おうとすると、嗚咽で息が詰まりそうになった。
エルヴィンは踵を返し、ルークの部屋をあとにして、その場からトボトボと背中を丸めて立ち去る。
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とうとうこの日が😭😭😭 知っていてもエルヴィンの気持ちを考えると心が引きちぎられそうなくらい切ないです💕😭
エルヴィン、すっかり殿下に会える朝を楽しみにしてしまってたんですね……。 記憶違いと思いながらも、殿下から受ける愛情は、エルヴィンにしっかり染みついているみたいです😭
😭😭😭😭😭…。
この天国から地獄が、エルヴィン😭