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第34話
ルークとの婚礼式はつつがなく終わった。ルークは大々的な式を望んだが、エルヴィンが贅沢ですと突っぱねたら、程よい人数を招待する婚礼式となった。それでも城下町では祭りが行われるくらいの賑わいで、国を上げての賑やかな一日となった。
エルヴィンの父、テオドールにはひどく驚かれた。これで自分は黒狼の王の父親になった、猫獣人は安泰だ。と畏れ多いことを言い、エルヴィンの兄弟共々とても喜んでいた。
他の獣人からは羨望と嫉妬の眼差しを受けた。メイナードが失脚したあと、ルークが黒狼獣人の王となり、事実上この世界の王となった。そんな唯一無二の黒狼獣人の王であるルーク陛下の妃だ。ルークはかっこいいし優しいし、そんな獣人の妃になれるとは、誰もが憧れる立場に違いない。だから多少のチクチクした視線も致し方ないと思っている。
「妃陛下、本日は誠におめでとうございます」
式が終わり、エルヴィンがひと息ついたころ「やっとお話できましたね」と声をかけてきたのはアイルだった。
「その服、とてもお似合いです」
エルヴィンは婚礼式のためにキラキラと光を反射する白い布と金の刺繍で作られた絢爛な正装をしている。地味なエルヴィには似つかわしくない服だと思っていたのに、アイルはそれを褒めてくれた。
「アイルさま、ありがとうございます」
「妃陛下。今日からあなたは陛下の妃というお立場です。どうか、私のことは呼び捨てになさってください」
「そんなっ。急に言われても……」
アイルはエルヴィンを必死で守ってくれた。メイナードの次にルークが王座についたあとも、「エルヴィンさまは妃陛下にふさわしい心優しい御方です。異獣人だからと誤解なさらぬように」とエルヴィンのことを批判的な目から守ってくれた。アイルには感謝の気持ちしかない。
「エルヴィンさまは可愛らしい。狼たちはいつもマウントの取り合いばかりで一緒にいて疲れます。でも、エルヴィンさまといるとその自由で無邪気な姿にとても癒されるのです」
美麗な顔のアイルに、にっこり微笑まれてドキッとした。アイルの美貌は見る者すべてを虜にするくらいに完璧だ。
「僕はずっとアイルさまこそ陛下と結ばれるものだとばかり思ってたんです。アイルさまはその……見た目もそうですが、優しくて完璧でとても魅力的な方ですから」
アイルはエルヴィンとルークのことを祝福してくれているのだろうか。城内外でずっとルークの婚約者だと噂されていたのに、その立場をエルヴィンに取られてしまったようなものだろう。
「エルヴィンさま。そのお言葉、本気にしますよ?」
「えっ?」
「陛下と何かあったときは私を頼ってくれて構いません。一晩中、話を聞きます。私はいつまでもエルヴィンさまのそばにいますから」
アイルは膝を屈めてエルヴィンの背の高さに合わせて、特別な意味を含むような視線を送ってくる。透き通るような青碧の瞳に、至近距離で見つめられてエルヴィンはどうしたらいいのか視線のやり場に困り、目を泳がせる。
「アイル」
低く、唸るような声でアイルを牽制したのはルークだ。ルークはエルヴィンの腕を引いて、アイルから引き剥がした。
「エルヴィンは今日で正真正銘、俺の妃になった。それを忘れたわけではあるまいな?」
ルークの目が鋭くアイルを捉える。
「陛下、生涯ひとりしか番を持たないのは狼獣人くらいのものですよ? 猫獣人は発情のたびに異なる相手と交わることがあると聞きました。お相手の性質に合わせるということも考えてよろしいのでは?」
「それだけは決して許さない。他のことならエルヴィンに合わせてやろうと思えるが、お前にだけは絶対に触れさせない」
エルヴィンの腕を掴むルークの手に力が入った。たしかにルークほど優れた王族ならば相手をひとりに決めなくてもよいような気もするが、黒狼獣人がひとりとしか番わないのは絶対的な決まりのようなものらしい。
「わかっておりますよ。そのような真似は決していたしません。ただエルヴィンさまの相談役になろうとしただけですよ」
なぜだろうか。ルークとアイルは今にも飛びかかりそうなくらいにお互い睨み合っている。
「エルヴィン。今日は疲れただろう? 俺と部屋に戻ろう」
「あっ」
アイルにろくな挨拶もできないまま、ルークに身体をぐいぐい引っ張られる。
「陛下っ、まだ挨拶が……」
式は終わっても式に参列してくれた方々を最後のひとりまで見送らねばと思っていたのに。
「もう十分だ。エルヴィン、俺は早くお前とふたりきりになりたい」
ルークに囁かれ、ブワッと顔が熱くなる自分に気がついた。
そうだ。今夜はルークと婚礼を挙げて初めての夜になる。
わかってはいたが、いざそれを意識した途端にすごく恥ずかしくなって、エルヴィンはルークに見られないように赤ら顔をそっと手で覆った。
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