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第38話
春が芽吹くころ、エルヴィンは城の近くの薬草園で薬にするための草の根を集めていた。
「エルヴィン! ここにいたのか、随分探したぞ」
こんな城の僻地までエルヴィンを追ってきたのはルークだった。ルークは王としての責務があるのだから、こんなところでうつつを抜かしている場合ではないだろうに。
「陛下、どうなさったのですか? 何か急ぎの用でも?」
「特別な用はない。ただエルヴィンに会いたかっただけだ」
薬草園の真ん中で、ルークに突然抱き締められる。ルークはいつも前触れなくエルヴィンを抱きしめてくるから本当に困りものだ。
「陛下、こんなことをするから抱きつき魔だとか、甘やかし陛下だとか不名誉なあだ名をつけられるんですよ?」
ここには誰もいないからいいが、ルークは人前でも平気でエルヴィンに抱きついたり、皆の中で特別扱いしたりする。そのせいでひどいあだ名をつけられていることはルークも重々承知のはずだ。
「不名誉ではない。それにこうやって定期的にエルヴィンに俺の匂いを纏わせることは大切なことだ。皆にわからせてやるのだ。エルヴィンは誰のものか」
真剣な顔で言うから笑ってしまった。エルヴィンが誰のものかなんて、城の者たちだけじゃない、国を越えて知られている事実のような気がしてならない。
「エルヴィンは陛下のものですよ」
ルークの胸に頬をこすりつけ、ゴロゴロと喉を鳴らす。これは猫獣人が甘えるときにする仕草だ。今は誰も見ていないし、ちょっとだけルークに甘えてみたくなった。
「可愛いが過ぎるぞ、エルヴィン」
ルークがエルヴィンの猫耳の先端を甘噛みする。
「うんと甘やかしてやりたくなった。エルヴィン、仕事の手を休めて俺と甘いお菓子でも食べないか?」
「そうですね。そのようにいたします」
ルークからの誘いは断りたくない。ルークの命令だといえば仕事を少しさぼっても許されるだろうから。
「懐かしいな。ここはエルヴィンと再会した場所だな」
ルークは周囲に視線をやり、感慨深げに呟いた。
「はい。僕がここにいたら、大好きな人が空から降ってきたんです」
エルヴィンはルークに微笑んでみせる。そういえばあのときエルヴィンが立っていた場所もまさしくこの位置だ。
「瀕死の俺は強く願ったんだ。最愛の人のところに行かせてほしいと。たとえこの命が助からなかったとしても、最後にエルヴィンに会いたかった。その念が通じて俺はここに飛んできたんだ」
知らなかった。てっきりルークは城に帰ろうとして、誤って薬草園に降ってきたのかとばかり思っていたのに、ここはルークの望んだ場所だったのか。
「陛下、僕を愛してくれて、ありがとうございます」
奇跡などなかった。全部ルークがエルヴィンを望んでくれたからこそ起きた必然だった。
「俺はしつこいぞ。一生エルヴィンのそばにいる。記憶を違えてなるものか。これからのエルヴィンとの思い出はすべて残らず覚えてやる。それを事あるごとにエルヴィンに質問してやるから覚悟しろよ」
「はい」
答えを間違えるくらいにたくさんの思い出ができたらいい。
これからの未来に大いなる期待を寄せながら、エルヴィンはざわめく春の風の音をじっと猫耳で感じていた。
End
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