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俺の策をもって、難攻不落の“竜のへそ”を攻略したのが2ヶ月前のこと。
300年にわたり攻めあぐねていた南国の首都の陥落を目前に、我が国(うち)が早くも戦勝モードに沸いていたのは、長らく、俺が生まれる遥か昔から南国問題は我が国の最重要事案であり、歴代の王達の悩みの種だったからだ。
そして、先日。
王はアロという名の奴隷男を一人、後宮に召し抱えた。
後宮どころではない。公務や夜を除いて常に、食事や休息、風呂、娯楽などの息抜きの際には、宦官の側近達よりも王の側に侍(はべ)るようになった奴隷は、内廷(王族の私生活の場)でもよく見ることができた。
俺は、その奴隷を知っていた。
その美しい男は、"竜のへそ"にいた南国兵で捕虜として囚われ、例に漏れず去勢された。言うまでもなく、去勢男でなければ後宮には入れない。
飾り付けられ、化粧を施され、蜉蝣(かげろう)の羽のような薄布を幾枚か重ねただけの衣(遊女や踊り子が着るようなやつだ)を着せられたアロは、宦官揃いの高官達はともかく、そうではない官吏や文官、武官に兵達、下郎まで、あらゆる男共の好奇の目に晒された。
後宮で、王は気が向けばアロを”かわいがった”。王はもちろん王妃や妃、妾達との時間を持つが、基本的に夜に、それぞれの館でに限る。
主に風呂で、庭で、応接宮で、食堂で、遊戯場や離れで。時と場所を選ばず、人目も憚らず王に”奉仕”させられる奴隷男の話は、口軽で噂好きな女官づてに宮廷の隅々にまで知れ渡れば、アロはますます注目を集めた。
しかし、その奴隷には触れることも、言葉をひとつ交わすことも許されない。
南国侵攻の"戦利品"であり、念願の勝利とゆくゆくの支配の"象徴"であり、王の力を誇示する”国宝”同様、珠のように磨き上げられたアロは、最も低い身分でありながら実質王に次ぐ身分でもある”聖域”だった。
* * *
翌々月。
南国王の投降の報を得た王は、3日3晩にわたる勝利の宴を催した。
王宮に住まう者、仕える者、近衛兵、軍の上層部、各地の首領、属国、属州の統領、遣使達など、5000人を超える者達に、南国の奴隷がお披露目される形となった初日。
1000年に一度あるかないかのめでたい席と言えど、後宮の妃や女官達が姿を見せることはない。(当然、後宮は後宮で宴が行われる。)
そして、まるで王妃同然とばかりに王の側に侍るアロは、白すぎる薄衣を纏い、常より派手やかに飾り付けられていた。囚われて以来、一度も切っていないブルネットの巻き毛は肩に届いて、一層”女”らしい。
王座に継ぐ上席に並ぶここからは、王の勝利宣言に勝鬨(かちどき)を上げ、あちこちで凱歌をがなりたてる者達を涼しい顔で眺める奴隷がよく見えた。
「まるで純白の花嫁だ」
「…しかし、眉一つ動かさない、得体の知れない者ですね」
従者のガイが呟いた。
「愛国心が強ければこそだ」
「?」
「南国の王族は残らず全て始末された、ゆくゆく王が南国をどう扱うかはあの奴隷次第…イヤってほど身の程をわきまえてるだけだ」
「…しかし、心中は穏やかでないでしょうーーー」
「そりゃ腑(はらわた)が煮え繰り返ってるだろうよ」
「なのに、薄ら笑いすら浮かべているようです…」
時折席を外す王に従って、陽の下に照らされるアロの肉体が薄布越しに透けて見える。元戦士らしく筋骨が張った体はいずれは女のようにまろくなってしまうだろうが、それを待たずしても、その眺めは十分扇状的だった。
男共の好色な目をものともせず、毅然と胸を張る奴隷は美しい。高く上げた顔は凛々しく、ただ前を見据える目の光は強く、一文字に結んだ唇は静謐(せいひつ)で、何に動じるわけでもない。
これまで後宮で何度か眺めた彼は、”奉仕”の最中さえ色のない表情(かお)を僅かにも崩すことがなかったが、今ここで見るその表情(かお)は、埃っぽい戦場の血と灰燼の臭いを思い起こした。
「…あぁ、ゾッとするほど美人だ」
「貴方までそんなことを?」
ガイが眉をひそめるのは、身分の差はあれど同じサオとタマ無しの身として、あからさまに男の慰みモノとして扱われる奴隷に同情を禁じ得ないのだろう。
「仕方ない、あの王の血だ」
「…」
「冗談、しかし惚れ惚れするほどの気高さだ、額(ぬか)づきたいほど…」
「確かに肝の座った男です、それとも…ただの諦めでしょうかーーー」
「さぁな、諦めてたらもっと目が死んでる」
「…そうですね」
「…酒が美味い、今夜は男共が皆オカズにするだろうな」
「ずいぶん楽しそうですねーーー」
「腰に前布をつけさせてやってるだけマシだろ」
「貴方の提言でしたね?」
「まぁ、かえってやらしいけど、見えそうで見えない」
「…変な気を起こされませんようーーー」
「もちろん、俺だって奴隷一人のために王の機嫌をムダに損ねたくない、面倒だ」
「…」
「…しっかし、全く悪趣味だよなーーー」
「殿下、声を落としてください」
「反乱分子への見せしめとしては効いてる」
「…とにかく、私は今でもあの奴隷の扱いには懐疑的です」
「同感だ」
「いつ寝首を掻くかわかりません」
「そのことか、別に閨(ねや)は共にしてないーーー」
「寝なくても、です」
低い声で凄んだガイは、後宮でアロを弄(もてあそ)ぶ王を思い出しているのだろう。
「…わかってるよ、そのために俺がいる」
「貴方の本業は違います」
「でも一番デカい争い事は終わった」
「実に見事な手腕でした、休暇を取られてもよいのではーーー」
「暇は好きじゃないし、しばらくはのんきにお目付役を楽しませてもらうよ」
「さようですか…」
見ると、王がこれみよがしに奴隷の衣の裾を捲り上げ、白い内股を撫で回している。
そしてアロは、変わらず腹の底が読めない顔で王のカップに酒を注いでやっていた。
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