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そして、アロが去ってから、5年が過ぎた春。
春分が翌週に迫った、ある日の昼のことだった。
小走りで現れたガイが、「謁見を願う者が来ております」と珍しく慌てていた。
「謁見なんて堅苦しいな」
新年祭の準備のため、午後は内廷と後宮を駆け回ることになっていた。
「夕方か明日以降に出直させろーーー」
「アロです…」
「……アロ?」
耳を疑ったが、それは二度と会うことはないと胸の奥に眠らせていた彼でしかない。さらには、まさか彼から出向いて来るなどとは、夢にも思っていなかった。
ガイも信じられないという面持ちを崩さず、応接間に入るまで、まさかという思いと喜びで心は乱れた。
応接間で俺を待っていた男は、窓の外を眺めていた。
「…待たせた」
振り返った彼は、ほんの一瞬、はっと驚いたような顔をしたが、即座に跪(ひざまず)いて頭を垂れた。
「殿下、お目通りいただき誠にーーー」
「久しぶりだな…アロ…」
「…はい」
「元気そうで何よりだ」
「殿下も…ご活躍は伺っております…それと、ご息女のご誕生、おめでとうございます」
「あぁ、ありがとう…お前は他人ってわけじゃない、さっさと顔を上げて、適当に掛けてくれ」
「そういうわけには…」
アロは、真剣な顔を上げた。
5年振りの彼は、ここを去った時より少しだけ精悍になり、成熟した落ち着きを纏っていたが、変わらず凛々しかった。
身奇麗な姿を見れば、このところ首都(ここ)に来て、どこかでちゃんと身なりを整えてきたことがわかった。
「今日は、殿下にお願いがあって参りました」
「…殿下はやめろ、それで?」
「…アーサー様に、お仕えしたいのです…」
「…」
「長らく戦地を離れ、かつての力は失せてしまいましたが、それでも…少しでも貴方のお役に立てればと…下級の兵卒からで構いません、どうか…」
必死に俺を見つめるアロを、再会早々「よく戻った」と腕を伸ばせない距離がもどかしい。
「…聞きたい」
「はい」
「国で、何をしていた…?」
「家族と共に、戦火で荒れた故郷の立て直しを…」
「それで…?」
「母を看取り、一人になりました」
「父上はーーー」
「早くに…」
「そうか…」
「はい」
「…どうして、戻ってきた?…お前は我が国(うち)を憎悪しててもおかしくない、それも軍になんて、迎合する理由がまるでないーーー」
「アーサー様は…」
「…」
「アーサー様は、私の最たる理解者だと…考えております」
「…」
「それと…」
「…」
「恐れ多くも…貴方をお慕いする心に、嘘が…つけないのです」
「………」
真っすぐな眼差しとその声の強さに、声が詰まった。
「…どうか、ご賢慮をーーー」
「お前は、ずっと俺のモノだった…」
「…」
「…そうだろう?」
「…はい」
切なく苦笑した彼は、あの頃のままの、俺の愛する男だった。
「さっさと立て…ちょうどいい、ゆっくり昼飯でも食おう」
「…それではーーー」
「お前の話を聞かせてくれ」
差し出した手に恐る恐る乗せた手の小指には、俺が与えた印章のリングがはまっていた。
「長くなります」と腰を上げたアロは、気恥ずかしそうに目を伏せた。
僅かに強張る手を引いて、「構わない」とダイニングに向かった。
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