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今日は、昼から雑誌のインタビューと撮影が予定されていた。
来月オンエアされる僕主演の新ドラマのPRを兼ねて、ハイブランド専門の一流ファッション誌「FAME」で組まれた特集は、あるブランドとコラボした“僕の最新モードスタイル”。20ページが予定されている次号の目玉企画で、もちろん僕が表紙を飾る。
映画にしろドラマにしろ、よくあるプロモーションの一つで断る選択肢はない。
気乗りのしない腹を抱えてスタジオに向かうのも慣れたもので、バーモンジーのスタジオに着くとマネージャーのクレアが開口一番、「おはよう、今日も完全に顔がいい、最高にセクシーね」とグランデサイズのカップをくれた。
Caffee NEROのアメリカンは、ダメな日のとっておきの慰めだ。
「わかってる」
関係者達を素通りして控室代わりのメイクルームに行き、コーヒーで目を覚ましながらクレアからスケジュールと概要を聞いた。
1時間のロングインタビューの後、3回の着替えを挟んで夜までたっぷり写真撮影(フォトシュート)が待っている。
インタビューの後に長めの休憩が取られているのも、普通なら用意されないケータリングが呼ばれてるのも、この類の撮影がとにかく嫌いな僕のためだろう。
ところが、いつもならこんな日は僕に極力気を使うはずのクレアがやけにウキウキと「面白くなりそう」なんて言うから、へそを曲げてやりたくなった。
「何が?フォトの最後のコンセプトなんてクソくらえだよ、"ジェンダーレスを超える”ってナニ?」
ほぼカタログみたいな内容の資料をパラパラめくり、確認したアクセサリーやジュエリーはユニセックスを謳っているが、控えめに言っても女性ラインにしか見えない。合わせる服や小物を見ても、その装いはクィア好みに思えた。
「そういうこと、外では言わないで」
「こういうのを否定してんじゃないよ、僕はアライ(※)だけどこのテーマの広告塔には全く不適切だ、僕より相応しい人間はモデルだって役者だって山ほどいる」(※LGBTQ+を支援する異性愛者)
「全くその通り、でも、性的マイノリティを”演じる”のは得意でしょ」
「ああ、でも僕自身と役は違うし、だいたいこれは演技じゃないーーー」
「久しぶりのフェミニンなあなた、いいじゃない」
「今時マイノリティの役はマイノリティがやる、そういう時代だ、この企画は遅れてるーーー」
「それ、ブランド(あちら)の関係者には言わないで」
「…わかってる」
「人気の証なんだから、とにかく、あちら様がウィル、アナタを望んでるんだから喜んで割り切って」
「…いつもの、“プロモーションの一環”」
「そ、そんなことよりカメラマンがテイラーだから今回はそれも売り、一番の楽しみ」
ようやく、クレアが妙に浮ついてる理由がわかったが、僕は全く把握してなかった。
「…テイラーって?」
「ちょっと、企画書見てないの!?今日のカメラマンはアレック・テイラーよ」
「…見てない、誰それーーー」
「呆れた」と額を押さえた彼女を見れば、大物か売れてるフォトグラファーらしいことはわかった。
「文句たれる前にちゃんと見ときなさい」
そう言ってスマホを覗いたクレアは、「そろそろ行くよ」とやり手マダムの顔をカタいエージェントの顔に変えた。
「くれぐれもイイコでね、今日一日我慢したらマーベルの役取ってあげる」とメイクルームを出る彼女を追って、「僕はDCのほうが好きだ」とボヤいた。
きびきびと先を行くクレアは「あァそう」と生返事を返したが、彼女の仕事(チョイス)に間違いはない。今の売れっ子役者の僕があるのは彼女のお陰で、信頼を置いているからこそ、苦手な分野の案件に関しては任せきりで、企画書なんてろくに目を通さないのはいつものことだった。
1時間の予定のインタビューは話が弾み、1時間20分ほどかかった。
例のドラマについてのあれこれから僕の生い立ち、キャリアについてと将来の展望、昨年から始めた慈善事業のこと、さらには個人的な恋愛観や結婚観、好きなフットボールの話題やオフの過ごし方まで、元来喋るのが好きな僕は喋りすぎるほど喋ったと思う。が、一流誌に記録が残るんだから、サービスし過ぎなくらいでいい。
バッファを持って組まれたスケジュールのお陰で、休憩時間はまだ近場にランチを食べに行くくらいの余裕があったが、まずは一息つきたかった僕はスタジオの外に向かった。
エントランスで鉢合わせたクレア(インタビュー終盤、席を外していた)が「タバコは出て左の奥」とお約束のコーヒーをくれ、「ちゃんと戻ってきてね」とメイクルームに戻っていった。
喫煙所につくと、3人組の男女がいた。彼らはインタビューにいたFAME誌の関係者で、それぞれに会釈をして少し距離を置いた。もう十分に話したから、改めて雑談に及ぶ気はなかった。
タバコを吸いながらスマホで企画書を開き、今更ながら今日のカメラマンのページに目を通した。
アレック・テイラー。今をときめく若手のトップ・フォトグラファー。5年ほど前にリリースされたある歌姫のアルバムのジャケ写を手掛けて脚光を浴び、それ以来多方面で引っ張りだこに。作品は風景から人物まで幅広いが、特に人物写真(ポートレート)の評価が高く、「光と陰のキャプター」と呼ばれている。
説明はこの程度だが、ポートフォリオ(作品集)を見ればその活躍は一目瞭然だった。ブレイクのきっかけになったというアルバムは僕もよく知ってたどころかCDを持ってるし、他にも雑誌やドラマや映画やイベントのキービジュアルなど、見覚えのある物がたくさんあった。
ようやく興味を覚えた時にタバコが尽きて、2本目に火をつけようとすると、ライターが切れたらしくなかなかつかない。顔を上げるとさっきの3人は消えていて、左の少し離れた所でいつの間に現れたのか1人の男がタバコをふかしていた。
「…すいません、火、貸してもらえますか?」
その男に声をかけてみると、男は素直にジャケットのポケットを探った。
ちらりと僕を見た顔にはどんな感情の機微も見えず、今日の関係者ではないらしいとわかる。スタジオの人間か通りすがりか、僕が僕だと気づかれないのは寂しいが、今はそれどころじゃないから気にならなかった。
男が「どうぞ」と差し出したライターを受け取ると、彼は「あげます」と僕の目を見た。
僕と同世代か少し年下か、白目も瞳も大きくてキレイな目は少年みたいだ。頬の辺りに散らばるそばかすが、幼い印象を引き立てている。瞳と同じ明るいブラウンの髪は綺麗にスタイリングされていて、清潔感がある。上背は見上げる程度に高く、色白でひょろりとした彼の全体的な印象は内気そうな青年だった。どこか陰を感じるのは、そのぼそぼそとした喋り方と、礼を言う前に目を逸らされてしまったからだろう。
「ありがとう、助かります」と笑ってみても、男は前を向いたまま会釈を返した、と言っても軽く俯いた程度で、僕はタバコを咥えてスマホに視線を戻した。
次はネットで調べてみると、少し検索しただけでテイラーという写真家の特集や作品が山ほど出てきたが、彼自身の写真や学歴、経歴、年齢などの個人的な情報はなく、人となりは一切が不明で、バンクシーみたいだと思う。
オフィシャルのポートフォリオとインスタ(更新頻度は高くない)を見ると、確かに代表的な作品の多くは人物写真(ポートレート)で、作風はモノクロかツートンの色味が多い。そして、被写体が著名人なら「この人にこんな印象があったのか」と思わされる表情を切り取っている。素人目にも過度なレタッチや補正がされてないことがわかる写真は被写体の息遣いが感じられるようで、どれも温かな血が通っているようだ。
写真の技術や良し悪しはよくわからないが、“リアル”を撮りたい写真家なんだろうとぼんやり思ったところで、撮影が嫌なことに変わりはない。
ガールフレンドに「今夜は遅くなる」とメッセをしてスマホをしまい、タバコをもう1本時間をかけて吸った後で、仕方がないと腹を括ってスタジオに戻った。
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