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最初の撮影のコンセプトは、ホリデイ休暇を意識した冬のカジュアルライン。
着替えとメイクを済ませて撮影スタジオに入り、初めてここでブランドの関係者達とまともに顔を合わせた。僕の気を知ってか知らずか大分チヤホヤした扱いに悪い気はせず、笑顔で各々に挨拶を交わした後で、「こちらがカメラマンのテイラーさんです」と紹介があった。
そして、場を仕切る編集者に呼ばれて撮影機材の向こうからふらりと現れた男は、あの、喫煙所でライターをくれた青年だった。
思いがけない再会に「あっ」と声を漏らした僕に、彼は「初めまして、テイラーです」と小さく笑った。
「…初めまして、シールズです、さっきはどうも」
「あれくらい…今日はとても光栄です」とはにかんで笑う彼は先程の優男のイメージのままだが、握手を返す手は驚くほど力強い。
「では、撮影について少しいいでしょうか」と早速畏(かしこ)まったテイラーは、肩から斜め掛けで腰に回していた小さなカメラを胸の前に持ち上げた。
「今日は、あっちのデジタルのカメラと、このフィルムカメラの2つで撮影します」
「…フィルムカメラ?」
今時、アナログで撮るプロもいるのかとか、それもこんなに若いのにとか、いたとしてもこの現場でフィルム撮影なんて初めてだとか、それは必要なのかとか。あれこれと疑問が頭を巡ったが、テイラーはさも当たり前みたいな顔をしているし、クレアを含めて周りは特に何も言わない。
「…そうなんだ、珍しいね」
「えぇ、僕はいつもこうです、これが僕のやり方で」と言われたら、「わかった」と答えるしかない。
彼を調べた限り、そんなことはどこにも書いてなかったが、それが彼の成功の秘密なのかもしれない。
「一つだけ…どちらで撮っていてもあまり意識しないでください」
「難しいね」
「目線が欲しい時はそうお願いするので、その時はいただければーーー」
「その時はどっちを見ればいい?」
「デジカメで」
「わかった」
「ありがとうございます…長丁場になりますが、よろしくお願いします」
二コリと気持ちよく笑ったテイラーはデジタル機材の方に戻って、またブランドの関係者と編集者達に囲まれた僕は、撮影コンセプトの説明と目指す画(イメージ)の説明を受けた。
撮影が始まるとすぐ、僕はいつもより格段にやりづらさを覚えた。
始めのうち、テイラーは三脚で固定のデジタルカメラは覗かずリモコンで撮り、合間にフィルムカメラを覗いては撮り、時には同時にシャッターを切ったりと器用に撮っていった。
デジタル機材のシャッというシャッター音の合間に、ふと息をつくタイミングでカシャッと鳴るフィルムのシャッター音に続いてジジとフィルムを巻く音が忙しなく、次第に苛立ちが募る。
それを察してか、「僕を意識しないでください」とすまなさそうにしながら、それでも毅然と「こちらに目線を」とか、「少しニヒルに」とか、「遥か先の地平を見据えるように」なんて注文されるたびにますます苛立った。
そのうち、三脚の機材を離れたテイラーがうろうろと手持ちのデジカメとフィルムで撮り始めると、耳障りに目障りも加わってうんざりした僕は、意識からフォトグラファーと音を締め出すことでなんとか平静をキープしていた。
テイラーが言うように、彼を無視してしまえば後は要求に応えるだけで普段と変わらなかったが、耐え難いのは変わらない。
1つ目の撮影が終了し、テイラーのノートPCの周りに関係者達が集まるとすぐ、彼らは口々にその出来を褒めたり感心したりと一様に満足げだった。
彼らに割って入って覗き込むと、次々とスライドされる画は、確かに、ゴージャスなアイテムを纏(まと)った全く理想的な僕ばかりだった。それどころか、見てすぐわかるレベルの没ショットが1枚もないことに驚いた。こういうのは、数を撮ってその中から厳選していくのが常だ。
ああも面倒な撮影をしてるくせに器用なもんだなと思いながら盗み見たテイラーは、涼しいとまでは言わずとも静かな顔でディスプレイを覗きながら、担当者の指示通りに画の仕分けを淡々としていた。
メイクルームに戻るとどっと疲労を覚えて、新しいコーヒーで自分の機嫌を取った。
珍しく「紙面になるのが待ち遠しい」と鬱陶しいほど興奮しているクレアは、早くもこの企画の成功を確信しているらしい。
「ねぇクレア、あの撮影、知ってた?」
「あのって?」
「デジカメとフィルムの二刀流」
「あァ、知らなかった、特に企画書にも書いてなかったし」
「超やりづらいんだけど」
「あれが彼のやり方なら仕方ない、編集部(クライアント)が望んでることだし」
「…あのフォトグラファー、何がそんなに評価されてんの?」
「『誰も知らない表情(かお)を描き出す』って言われてる、彼にポートレートを頼む人がたっくさんいて、予約は1年待ちらしいけど」
「マジ?…そんなに“自分の知らない表情(かお)”を見てみたいもん?」
「みんな自己愛と好奇心の塊ってこと」
「理解できない、そういえば…」
「ん?」
「さっき撮った写真、知らない表情(かお)の僕だった?」
「あぁ、別にそうじゃない」と答えるクレアに、僕の専属ヘアメイクのトッドも頷いた。
トッドも僕の写真撮影(フォトシュート)嫌いをよく知っていて、クレアが浮かれる一方で、いつものように気を利かせて静かにしている。
「…けど、間違いなく過去10年の撮影で一番イイ、あなたという素材の良さを十二分に魅せる素晴らしい出来だったことは確か」と言うクレアに、トッドは眉を上げて同意した。
「…君達がそう言うならそーか」
「あなたはそう思わなかった?」
「…まァ、思った」
「もうちょっと我慢して、この後の写真はきっともっと素晴らしくなるーーー」
「“腕時計が見えるように肩に手を添えて切なげに振り返る”自分を殺してやりたくなったよ」
「ガタガタ言わない!…そういえば、彼と面識あったの?」
「誰?」
「テイラー、顔合わせた時、なんか知ってるような素振りだった」
「まさかないよ、休憩ん時にタバコの火を借りただけ、そしたらライターくれた」
「あぁそ」
「向こうは初対面みたいなフリしたけど」
「人見知りするのかも」
「僕との仕事ってわかってたのに、喫煙所で僕を知らないフリしたんだ」
「極度の人見知り、なのかも」
「っても挨拶くらいするだろフツー、かなりの非コミュだ」
「…仕方ないんじゃない?あなたのファンらしいから緊張してたとか」
「何それ??聞いてないしそんなことどこにも出てない」
「私だってさっき編集部の人に聞いたばっかよ」
「へえ」
「ほら、次の着替えとメイクして」
「まだ時間ある…ねートッド、タバコ吸い行こうよ」
連れ出したトッドに改めて「どうだった?」と聞くと、彼は肩をすくめて「すごくいい画だった」と答えた。
トッドとも付き合いは長く、クレアと同じくらい信頼を置いている。そして、撮影を振り返りながら雑談をしていると、彼が「気合入れた仕事がああやって形に残るのは嬉しい」なんて言うから、思わず苦笑いしてしまった。
どうしたってノレない僕だけ置き去りのまま、どうやらこの企画は得体の知れない人気フォトグラファー様のお陰で、既に成功が約束されてるみたいだった。
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