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パーティドレスがコンセプトの撮影も先のように終え、僕だけが疲れを溜めたような心持ちで迎えた最後の撮影のテーマは、“ジェンダーレスを超える”。
先のフォーマルなスタイルからざっくり髪を散らし、左の耳にイヤーカフを、右の耳には別のイヤーカフとイヤリングを、そしてネックレスと指輪をいくつかつけて、薄く淡いメイクで男でも女でもない僕に仕上げられた僕は、我ながら美麗で悪い気はしなかった。
一方、撮影がもう3時間に及んでいるというのに、例のカメラマンはどのコンセプトであろうと淡々と仕事をこなし続けていた。テンションは変わらず平坦に見え、表情も変えず、僕を気遣ったり場を和ませるようなジョークを言うわけでもなく、被写体の僕を(他のカメラマンがよくするように)褒めたりもせず、口を開くのは最低限の指示だけ。
まるでロボットのような彼は、ある部分、義務に耐える僕と同じなのかもしれないと思うと多少の諦めもついて、ようやく「情欲の上目で」みたいな馬鹿げた要求にいちいち腹を立てずに応じられるようになった頃、撮影は終わった。
4時間の長丁場が済むと、拍手と歓声が湧いた。誰もが僕とテイラーの仕事を称賛し、まだ見ぬ紙面に期待を寄せていた。期待以上と言える画の数々は、紙面になる前から、しばらく僕の名刺代わりになるだろうと思えるほど満足のいくものだったことは確かだった。
まだメイクも落としてもいないのに、興奮さめやらぬ面々に接待のクラブ遊びに招かれたが断った。普段なら喜んで行くところだが、すっかりくたびれてしまった僕は、一刻も早くここから開放されたかった。
そして、あのフォトグラファーはというと、皆からの賛辞や謝辞に「どうも」と軽く応じるだけで、仕事の出来に取り立てて大きな感慨はないようだった。そして、「仕事があるので」と接待飲みの誘いをあっさり断った彼は、黙々と機材を片付けた。
他の仕事でもそんな調子なのか、最後までロボットみたいだと思っていると、荷物をまとめて帰りかけた彼が僕の所にやってきたから、ちょっと驚いた。
「今日はありがとうございました」とはにかむ彼は、やっぱり人見知りらしい。
「こちらこそ」と手を出すと、握り返す手は撮影前の挨拶よりも強かった。
「お疲れみたいですね」
「えぇ…スイマセン、実は、こういう撮影があんまり得意じゃなくて」
「正直なんですね…」
彼は苦笑したが、撮影中の僕の態度からそれを十分わかっていたと思う。意図して非協力的だったことを詫びるべきだろうが、バツが悪くてできなかった。
「それでも、おかげさまでいい仕事をさせてもらいました」
僕を真っすぐ見つめたテイラーがニッコリとして、ここにきて初めて、わかりやすく感情を見せた彼に意表を突かれた。
控え目だが、その満足げな笑みには確かな自信が見えていた。
「…そうですか、よかった」
「それでは、失礼します」
「あァ、じゃ…」
でかいリュックとショルダーのバッグを軽々と背負ったフォトグラファーは、依然興奮の余韻が残るスタジオをさっさと後にした。
ケータリングを少しつまんだ後、トッドだけ飲みに行ってもらい(ブランドのある担当者と意気投合していた彼は喜んで行った)、クレアとキャブに乗り込んだのは20時過ぎだった。
思ったより気疲れしているのか、シートに埋もれるとガールフレンドに会う気になれず、『ごめん、クタクタ、明日めいっぱい埋め合わせする』とメッセを送った。
即レスで来そうな返事を見る前にスマホを放り投げて、「も~一生やりたくない」とボヤくと、クレアが「明日はバラエティ誌のインタビュー、それとミラーとラジオタイムズの取材だからね」とわざわざ教えてくれた。
「わかってるよ…バラエティは撮影ないよね?」
「おめでとう、全部ない」
「助かった…酒飲みたいけどもうグッタリ、まっすぐ帰って寝る」
「今日はほんとに偉かった!」
「…そお、今日の総括して」
「どう?って、あなた史上最高なのは間違いないない、そのまま宣材にしたいくらい…特に3つ目のジェンダーレスのあれ、直視できないほど顔がよくて、罪深いほど妖艶で、ぞっとするほどセクシーで…さすが自慢のマイボーイだわ」
大げさに唸ったクレアは、「ご褒美」と僕の好きなチョコのファッジを袋ごとくれた。
こんな日、彼女は僕を大げさに甘やかしてくれる。とはいえ、彼女の良し悪しのジャッジに間違いはない。(さらに言うと、悪いものをいいとは決して言わないし、楽観的な希望的観測をしたり、ダメなときに安易な気休めを言ったりもしない。)
「だよね、よかった…ねー、来月2週間休みちょうだい」
「ダメ、映画の撮影が待ってる、あげれて4日」
「これくらいじゃごまかされない」
ファッジを1個頬張ると、歯が一瞬で溶けそうなほど甘い菓子は疲れた体に沁みた。
「…ああ、ほいえあ(そういえば)」
「何?それ飲み込んでから喋って」
「………テイラーが撮ってたフィルムの方の写真、あれって使うの?」
「撮ってたんだから使うんじゃない?」
「にしても…ああいう現場でフィルムなんてナンセンスだと思わない?」
「そーだけど、今回がイレギュラーでしょ、テイラーが撮るっていうのも売りだから」
「…どんな感じの画(え)なのか気になるな」
ふと、テイラーのポートフォリオにあった写真の面々を思い出した。今日の撮影を経てみて、あれらは恐らくフィルム写真だろうと思える。そして、今日撮られたかもしれない僕の“誰も知らない表情(かお)"に興味がないと言えば嘘になった。
キャブを降りると、車からクレアが「ちゃんとビタミン剤飲んでよ!」と叫んだ。
「わかってるよ“ママ”」なんてジョークで返す気力もなく、この日は早めにベッドに入った。
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