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第一章 はじめての恋と効かないフェロモン

 昨年と同様に、クラス委員になった俺。クラスメイトからの信用を得るべく、バスケ部の先輩からもたらされた情報をうまく活用して、自分のクラスに流す。今回は現国の授業でいきなり小テストがあることを先輩から聞いたので、その話をもとにしてテストのヤマを張った。  一限目の授業が終わり、5分休憩で情報を提供すべく教壇の前に颯爽と立つ。 「みんな~、俺に注目してくれ!」  言いながら、アルファのフェロモンを少しだけ垂れ流した。そうすれば嫌でもクラスメイトは反応し、俺のことを見る。 「明日の三時限目にある現国なんだけど、緒方先生は前年のレベルを知るために、小テストをするんだって」  俺のひとことにより、クラスメイトのほとんどが暗い表情を浮かべた。その表情を明るいものに変えるべく、ほほ笑みながら言葉を続ける。 「だが安心してほしい。ヤマ張りのプロと言われた俺が、小テストに向けての問題集を作ったぞ!」 「やりぃ! さすがは西野委員長」 「陽太と同じクラスになって、ラッキーって思った!」  などなど、ほかにもたくさんの声援を受けつつ、職員室でこっそりコピーした問題集をクラスメイトに配っていった。 「プロとはいえ、完璧にヤマが張れるわけじゃないから、そこんとこよろしく。とにかくこの問題を解いて、明日の小テストに備えてくれよな。以上!」  クラスの成績がいいと、教科担当の授業のレベルが変わるのを小耳に挟んでいた。中途半端な授業をされないように、クラスの平均点をあげるべく、昨年はバスケ部の先輩や知り合いに頼んで、いろんな情報をまわしてもらった。  今年もそれを継続することによって、いい授業を受けられる+クラスメイトからの信用を得られるというプラス要因が増えるように、がんばらなければならない。  最後尾にある自分の席に座り、はじまった数学の授業をぼんやりと受ける。ヤマを張るために、昨夜はいつもより寝るのが遅かった。そのせいで何度もあくびをかみ殺す。 「ねみぃ……」  うとうとしかけたそのとき、机の角に置いてた消しゴムを、前の席にいるクラスメイトの足元に落としてしまった。クラスメイトは上履きに当たった、ほんの僅かな衝撃に気づいて消しゴムを拾い、振り返って俺の机に置いてくれる。 「サンキュ、助かったよ」 「ううん。こちらこそ小テストのヤマ張りありがとね」  ちょっとだけ首を傾げて笑いかけるクラスメイトの顔を、まじまじと見つめた。俺よりも茶色の髪は少しだけクセがあり、長くて重そうな前髪のせいで両目がまったく見えなくて、どこか不気味さが漂っている。 (というか、コイツの名前が思い浮かばない……) 「あー……小テストに向けて是非とも勉強に使って」 「うん、そうする」 「あのさ、その……」  前を向きかけた背中に、慌てて小声をかけた。 「ん?」 「えっと前髪さ、ちょっとだけ切ったほうがよくね? 前が見えないと、誰かとぶつかるかもだし」  自分の前髪を弄りつつ指摘してやると、クラスメイトはふたたび小首を傾げた。 「前髪の隙間から前が見えるから大丈夫って思ってたけど、西野くんから見て危なそうに見えるのなら切ることにするよ」  クラスメイトは額に触れて、顔を覆っていた前髪を少しだけ上げる。隠れていた綺麗な二重まぶたが、俺の目に留まった。  クラス替えをしてすぐに、ひとりずつ前に出て自己紹介していたのに、コイツの印象が俺の中でまったく残っていなかった。前髪で顔が隠されていたせいだろうか。 「悪い、名前なんだっけ?」  綺麗な瞳に見つめられるだけで、感じたことのない妙なくすぐったさが、心を揺らめかせた。 (――なんだこれ!?)  無意識に、俺は少しだけフェロモンを漂わせた。いつもならこれで周りがざわつく。実際今も周囲いるヤツは俺らに視線を注いでいるのに、クラスメイトは平然としたまま、俺を見つめるだけだった。 「俺は|月岡悠真《つきおかゆうま》だよ。1年のときはC組だったから、A組だった西野くんとはほぼ接点がなかったね」 (――待て、俺のフェロモンが効いてねぇのか?)  月岡が額に当てた手を外すと、重たい前髪が彼の両目を隠す。注がれる視線から解放されたことにほっとして、拾われた消しゴムを手に取り、強く握りしめた。 「月岡ね、ちゃんと覚えた」 「西野くんが手がける、テストのヤマ張り期待してる。よろしく頼むね」 「あ、うん。よろしく……」  俺の返事を聞いてから、ゆっくり前を向いた月岡の背中を漫然と眺めた。  少しだけ喋って、月岡の両目を見ただけ。それだけで心が揺さぶられたことが不思議すぎて、授業そっちのけで原因究明するのに頭を使ったのだった。

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