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第五章 恋の鼓動と開く心11

*** (告白したあとから、悠真の態度があからさまに冷たくなったせいで、焦ってキスしちゃうとか、俺ってば五十嵐と同類じゃん!)  自分を責める俺の頭に、五十嵐の姿がフラッシュバックした。  漆黒の髪の下にあるダークグレーの瞳が、保健室の扉越しなのに悠真をじっと見つめるのを感じただけで、すげぇイラついた。「俺と悠くんは両想い」と笑ったあの顔――反省なんて微塵もない自信たっぷりの笑みも、俺の心をかき乱す原因になる。 「あーあ……」 (――俺のキスもあいつの襲撃と同じ、悠真を傷つけたんじゃないか?)  そんなことを考えながら、一気に3階まで階段を駆け上がり、空き教室に逃げ込む。自暴自棄みたいな感情が胸の中を渦巻き、やけに呼吸が浅くなった。こういうときこそ、フェロモンの微調整をしなきゃいけないのは頭ではわかっているのに、それすらもままならない。 「ゆ、悠真とキスしちゃった……」  押しつけた唇の柔らかさやあたたかさを思い出したら、罪悪感よりも羞恥心が上回り――。 「ダメダメ、こんなところで盛って、どうするんだよ俺っ!」  んもぅ複雑な感情がごちゃ混ぜになって、赤くなったり青くなったり忙しない状態。だけどここから、きちんと考えなければならない。なんとしてでも立て直さなきゃ! 「そうだ、悠真に告白した以上、まずは中間テストで5位以内を目指すべく、死ぬ気で勉強すること!」  そう決意した瞬間、五十嵐の顔がふたたび頭を過る。青陵高校よりも高学歴の高槻学園の制服を着た、シルバーのネックレスが光るあのエリート野郎。アイツは悠真に「両想いだった」とほざいたけど、俺は違う。悠真がベタだろうが、俺はフェロモンじゃなく心で勝負する。テストで結果を出して、悠真の冷たい視線を溶かしてやる!  アイツに約束はなしと言われたが、俺は諦めない。悠真と運命の|番《つがい》になるために――。  そう強く思ったら、浅かった呼吸が落ち着いてきて、深呼吸できるようになった。  これまで地道に築いた友人関係が告白によって見事に崩れたのは、さっき見てとれた。悠真の冷ややかな視線が、胸に突き刺さる。二人三脚の競技のときに、五十嵐を見た瞬間と同じように硬かった。  五十嵐の鋭いダークグレーの瞳、ゴツい体つきで悠真を見つめる姿が、悠真の心を凍らせた。俺のキスは、悠真にその恐怖を思い出させただけじゃないのか? 「やってしまった過去は取り戻せない。考えるのはこれからのことだ!」 (今日は金曜日――土日を挟んだあとに来週顔をあわせることになるから、今よりも冷静に対処できるだろう)  普段どおりに悠真に接するか。あるいは接触せずに、遠巻きで様子を窺うか。とにかく悠真から借りた本が、最後の頼みの綱になる。 「もしかして悠真の本好きは、五十嵐の影響だったりするのかな……」  悠真がアイツと一緒に本を読んで笑ってた幼馴染時代を想像すると、胸が締めつけられる。悠真が冷たくても、本を返すときにちゃんと話をして、アイツのトラウマを俺のぬくもりで溶かしてやるんだ!

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