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第五章 恋の鼓動と開く心17

「西野くんは俺のこと、諦めないの?」  脈がない俺にいつまでも執着しているのは、なんだかもったいない気がした。陽太なら、いいオメガと付き合えるだろうに。 「俺、簡単に諦めるようなヤツに見える?」  クスクス笑いながら、歩を進める陽太のあとを追いかけた。 「今までのことを考えたら、諦めなさそうだね」  隣に並んで、ほほ笑む陽太の顔を見上げる。俺たちの間を初夏の風がふわっと駆け抜けた。湿度を含む空気を動かした風に、俺たちの微妙な間柄も吹き飛ばしてほしいなんて、無理なお願いを思ってしまう。 「悠真は俺にとって、運命の|番《つがい》なんだ。はじめてなんだよ、誰かに対してこんなふうに愛おしくなれたのが」 「俺には、わからない感情だね」 「この気持ちを、悠真に押しつけるつもりはない。それだけは覚えてほしい」  そう言うなり、俺の肩にかけている陽太のスクールバッグに手をかけ、「ここまでサンキューな。助かった」って、やんわりと外した。 「悠真はここから、どうやって帰るんだ? アイツが現れるとは思えないけど」  陽太の家はここから目と鼻の先にある場所で、駅からもそれなりに近い。 「親に駅まで、迎えに来てもらう連絡をとってある」 「いつの間に!」 「教室で帰り支度しながら、親にラインしただけだよ」  笑い合った俺たちは、顔をきちんと合わせて、同時に唇を動かした。それがわかったから息を飲んで言葉を飲み込んだのに、陽太も同じことをする。 「……西野くん、なに?」 「その”西野くん”って、なんかイヤだ。もとに戻すことはできない?」 「俺もワガママだけど、陽太も相当ワガママだよね」  思わず出てしまった名前呼び。彼にはやっぱり頭があがらない。 「これから鼻風邪を完璧に治すために、ちゃんと寝ようと思うだけどさ。俺、じっとしてるの無理だし、絶対に暇するのがわかるから、借りてる文庫本を読むと思うんだ」  長ったらしい説明に、俺は笑わないようにするのが大変だった。彼なりの優しい気遣いは、触れていなくてもポカポカを感じることができる。久しぶりに感じたポカポカを、胸に手を当てて体感している俺に、陽太は言葉を続ける。 「たくさん読んだ暁には、文庫本の持ち主に感想を伝えたいじゃん」 「うん……」 「名字呼びじゃやっぱり距離を感じて、ちゃんとした感想を言えないからさ。今までどおり陽太って呼んでくれると、タクミに関してたくさん感想を言えるかもしれないぜ!」 「なんていう脅し方なんだろうね、君って人は――」  俺が名前呼びしやすいように考えた、陽太の作戦。それは友達以上のなにかを受け入れるみたいで、怖いところがある。だからこれに乗っかるのは、正直心苦しいものがあるけれど。 「陽太、お願いだから、無理して本を読まないで。鼻風邪を治すことを一番にして。じゃないと修学旅行、一緒にまわらないからね!」 「そのお願いは、ちゃんと言うことを聞く!」  即答した陽太の必死な顔があまりにもおもしろくて、俺の笑い声が住宅街に響き渡った。  こうして俺は陽太の恋する気持ちを知りつつも、以前と同じような友達関係を築くことになった。陽太の優しさに感謝するしかない。

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