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第五章 恋の鼓動と開く心16

***  風邪の症状が微熱と鼻詰まりだけだからと、ひとりで歩けることを豪語した陽太。彼から手を放し、並んで通学路を歩いた。  俺が陽太を名字呼びするようになってから、クラスメイトも付き合えばみたいな変なことを言わなくなり、落ち着いた感じになったと思う。 (陽太と友達になって、一気に距離が近づいたせいもあって、クラスで妙に目立ったんだろうな)  そんなことを考えていると。 「あのさ悠真、その……保健室でキスして悪かった」 「もういいよ。終わったことじゃないか」 「だけど――」  陽太を殴るなんて、俺のしたことのほうが問題だからこそ、率先して謝らなきゃダメなのに、陽太に気を遣わせているな。 「俺も謝りたい。一條くんが教室に来てるときに、陽太を殴ったこと」 「あんなん、たいしたことないって」 「……痛いって言ったのに?」  ジトっとした目を陽太に向けると、慌てふためく感じで両手を動かす。 「あ、あれはだな、反射的に口から出てしまったみたいな」 「痛かったよね。本当にごめん」 「痛くなかったんだよ、悠真に心配してほしくて」  本音を告げた陽太の顔に、しまったって書いてある。 「へぇ。あのとき、咄嗟に嘘をついたんだ?」  陽太を責めるように顔を寄せて口調を強めると、両手を合わせながら頭を下げる。 「キスの件といい、あれこれごめんなさいっ!」  微熱で掠れた声と弱々しい雰囲気を漂わせる陽太の姿が、俺の心を刺す。悪いことは悪いって、素直に謝ることができる陽太は、本当に偉いと思う。 (ま、最初は誤魔化そうとしていたけど――ひとえに俺に、嫌われないようにするために) 「西野くん、この件は終わったことにしよう。やってしまった過去は、やり直せないんだし」 「じゃあさ、これから俺たち、どうするんだ?」  俺に訊ねたクセに、陽太は歩幅を広くして歩き出した。まるで俺の答えを、聞きたくないみたいに見える。  俺は陽太の後頭部を見つつ、歩きながら考えた。どうすれば正解なのか。本当は、前のように友達になりたい。でもそれじゃあ、陽太の恋する気持ちをスルーすることになる。  だったら今のように、適度な距離感を保ったまま、ただのクラスメイトとして接していくのがいいのかな。来週からはじまる修学旅行、陽太と同じ班員として、うまくやっていけるのだろうか。 「悠真、あまり難しく考えるなって」  目の前で立ち止まり、やるせなさそうな瞳で俺を見つめる。 「考えるに決まってる。俺は君を傷つけたくない……」  告白されるまで、陽太はすごーくいい友達だった。俺が読んでる本の話をしたり、フェロモンの微調整でがんばる姿も尊敬できる。  しかも陽太に触れるとポカポカできることは、心が無条件に穏やかになれた。彼に好きだと言われて、パニくらないほうがおかしい。 「悠真はワガママだな」 「中途半端なことをしたくない。それだって、俺のワガママなのがわかってる。わかってるのに、結論を出したくないんだ」  陽太に、悲しそうな顔をしてほしくない。ベタの俺を好きになったって、子どもを残せないし、なによりアルファの陽太を貶めることに繋がってしまう気がする。 「悠真とは、もう友達にも戻れない感じなのか?」 「君の気持ちを知りながら、前のように接することなんてできない」 「俺がキスなんてして、悠真を怖がらせたから?」  怖々と告げた陽太に、俺は首を横に振った。 「陽太にされたことについては、怖さはなかった。大丈夫だよ」  ありのままに感じたことを口にしたら、陽太のキラキラした瞳が柔らかく光る。 「無理してるんじゃないのか?」  俺の古傷を慮ったセリフに、陽太の思いやりを感じる。こんなことを言われたら、ますます距離なんて取りにくいじゃないか。 「無理してないよ。あのときは驚きと恥ずかしさが、混在した感情だったし」 「そうなのか。それなら良かったんだけど、良くないな!」  歯を見せてニコッと笑う陽太につられて、俺も笑ってしまった。底抜けに明るい陽太の性格に、自然と救われてしまう。

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