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第五章 恋の鼓動と開く心20

***  佐伯の恋人、榎本がしてくれたナイスな提案についてお礼を言おうと放課後、部活がはじまる前にC組に顔を出した。 「失礼します。榎本いる?」  後ろの戸口からひょっこり顔を出し、教室に響き渡る声で訊ねた。すると同じバスケ部のヤツが、訝しそうな表情を浮かべて口を開く。 「西野、おまえ佐伯の恋人をシェアしてるって噂、マジだったのか」 「おいおい、そんな恐ろしいことをするわけがないだろ! 俺にはクラスメイトの恋人がいるんだ」  変な噂話を消すために、でっちあげだが悠真のことを上書きしてやろうと、あえて言ってみた。すると俺のセリフに反応したC組のヤツらが、わらわら集まった。 「陽太、B組の誰と付き合ってんの?」 「かわいいオメガ、隣のクラスにいたっけ?」  などなど、一気に質問攻めにあう。しかも肝心の榎本が来ないとか、用事が済まないじゃないか! 「俺の恋人は月岡だよ」  そう告げた瞬間、C組が静まり返った。 「や、ホントのホント! マジで悠真と付き合ってるからな!」  信ぴょう性のないことだと咄嗟に思いつき、慌てふためきながら騒ぎたてたら。 「……月岡って誰?」  誰かが呟くとそれに呼応するように、首を傾げたり隣と顔を寄せて話し合ったりする。 「あー確かに。違うクラスだし、悠真はあまり目立たない存在だから、知られてなくて当然か」  どうやって説明しようか頭を悩ませていると、背後から肩を叩かれた。振り返るとそこには榎本がいて、「西野委員長、どうしたんですか?」なんて、アホ面丸出しで訊ねる。 「榎本に用があって来てたんだ。ちょうど良かった!」  クエスチョンマークを表示させたC組のメンツを放置して、榎本の腕を引っ張り、廊下の最奥を目指す。 「聞きましたよ、涼から。ニセモノだけど月岡と恋人になれたんだって」 「ニセモノって言い方、なんかイヤだな。俺はそこから、本物にしてみせるつもりだけどさ」  胸を張って言いきったら、榎本はパッと顔色を明るくさせ、拍手してくれた。 「俺、月岡と西野委員長、お似合いのカップルだと思ってる。だからすげぇがんばってほしくて。だって月岡、優しくていいヤツだし」 「榎本は悠真と、仲が良かったっけ?」  佐伯は悠真と1年のとき同じクラスだったから、つながりがあることはわかっている。だけど榎本は確か、違うクラスだったような? 「涼絡みで、月岡にはいろいろ話を聞いてもらってるんだ。図書室でお話したんだよ」 「へー、悠真とふたりきりで?」  俺の声のトーンが低くなっているのに、それに気づかないのか、榎本は楽しそうに返事をする。 「そうそう! 西野委員長のことは友達で、月岡自身はフェロモンと恋する気持ちがさっぱりわからないとか、いろいろ話をしてくれたんだ」 「友達――」  悠真から聞いた言葉じゃないものの、結構ショックだった。友達からそれ以上の関係に進めるには、なにをしたらいいのだろう? 「なぁ榎本、おまえはどうやって、佐伯と恋人になれたんだ?」  佐伯は、榎本のことが嫌いって言ってた。そこからどうやって、恋人になれたのだろう。摩訶不思議すぎる。 「どうやってって……ケンカして言い合いしている内に、気づいたら意識するようになってて。最初はアルファのフェロモンのせいかと思ったくらい、すごく自然だった」 「榎本はオメガだからな。そういう流れで佐伯のことを意識しても、全然おかしくない」  だけど悠真はフェロモンを感知しない体質。なのでイメージするなら、ベタ同士の付き合いを考えればいいのかって閃いたものの、なんかパッとしない。 「悠真の心を鷲掴みできるような、なにか決定的な出来事があれば、少しでも意識してくれそうな気がするんだよなぁ」  頭の中で閃いたことを呟いた途端に、目の前ではしゃいだ声をあげる。 「それなら、修学旅行がチャンスじゃね?」 「榎本、なにかいいアイデアでもあるのか?」  目を瞬かせて訊ねる俺に、榎本はなぜか両手で顔を隠した。 「それは、涼にしてほしいことだから。西野委員長に言っちゃうとほら、筒抜けになるでしょ?」 (顔を隠すようなこと。それは恥ずかしいエロ系なことなんだろうな。榎本はオメガだし、アルファの佐伯と旅先でもイチャイチャしたいのか) 「悠真と恋人だったら、アレこれできるんだろうなぁ」  ただし襲うとか、そういう恐怖を与えることは絶対にしちゃいけない。恋を知らない悠真をドキドキさせることって、いったいなんだろう。 「榎本、いろいろありがとな。佐伯たちに負けない恋人になるために、がんばることにするよ」 「はい、応援してます! 修学旅行、がんばってくださいね!」  こうして榎本にお礼を言うことができたので、そのまま部活に向かう。ちょっとだけ遅れてしまったことを謝らなきゃなぁと思っていたら。 「陽太先輩! やっと見つけた」  体育館に行ってたのか、目の前からすごい勢いで、一條が走ってやって来た。 「どうした? 俺になにか用なのか?」  息を切らした一條が、頬を赤く染めて俺を見上げる。 「陽太先輩が修学旅行に行っちゃったら、しばらく逢えなくなるじゃないですか。それが寂しかったんです」 「なんだ、そんなことか……」 「僕にとっては、そんなことじゃないんですって。でも修学旅行、楽しんできてくださいね。お土産話待ってます」  自分をアピールするように、何度も目を瞬かせてにっこりほほ笑む一條に、一応聞きたいことを訊ねてみようと考えた。コイツは学校で、あらゆるアルファと付き合いのあるオメガ。経験値でいったら、佐伯より上かもしれない。 「あのさ、一條って――」  頭を掻きながら一條と喋っているところを、悠真が見ていたなんて知らなかった。俺としては悠真を攻略するために、いろんなヤツの交際について、リサーチすることに必死だった。どんな気持ちで悠真が俺たちを見ていたのかなんて、知る由もなかった。

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