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第五章 恋の鼓動と開く心22

***  修学旅行先の北海道に向かうため、飛行機に乗り合わせた俺たち。無事に離陸して、今は空の旅を楽しんでいる。 「陽太は飛行機、怖くないんだね」  隣にいる悠真は、通路を挟んで横にいるクラスメイトが両手を組み、祈りのポーズを決め込んでいるのを見て、俺に話しかけた。  スマホの画面をタップし、イヤホンで聞いていた音源を一時停止して返事をする。 「高所恐怖症じゃないし、俺は平気。悠真も大丈夫そうだな」  肩を竦めながら笑いかけたら、悠真も柔らかい笑みを浮かべる。 「家族旅行が趣味の両親のおかげで、小さい頃から飛行機にはよく乗っていたから大丈夫だよ。それにしても陽太、スマホでなにを聞いてるの?」  手元を見ながら訊ねられたが、スマホの画面はすでに真っ暗でなにも映っていない。 「お世話になった人物にプレゼントする、レアな音源。どうせ暇だし、余分なところをカットするために、ちゃっかり編集作業をしてた」 「陽太はマメだね。だからいろんな生徒から慕われてるんだ」 「俺としては、悠真だけに好かれたいんだけどさ」  さりげなく、悠真に気持ちをアピールした。俺のことをなんとも思っていない彼にとって、このことは間違いなく負担になるのがわかってる。だけど、なにもせずに悠真の気持ちを動かすことなんて、絶対に不可能だからこそ、こうしてアピールしなければならない。 「陽太って、本当に諦めが悪いよね」  隣で唇を少しだけ突き出し、呆れた表情を見せる悠真。どんな顔でもかわいいって思える俺は、相当やられてる。 「悠真にウザいって言われても、諦めずに言い続けるから覚悟しろよ!」  困り顔をする悠真をそのままに、スマホをタップして編集作業を再開する。ちなみに聞いてる音源は修学旅行前日、佐伯に呼び出されたときのものだった。 『西野、おまえの好きな相手は誰だ?』  迫力のある佐伯の声。苛立った様子が、嫌でも伝わってくる。 「そんなの、悠真に決まってるだろ」 『じゃあどうしてこの間、1階の階段傍で一條と親密そうに喋っていたんだ?」 「あー、あのときの。よく知ってるな』  苛立つ佐伯とは対象的な、俺の間の抜けた声。余計に怒りを買っていてもおかしくない。 『俺だけじゃない。月岡も見てる』 「悠真も?」 『恋する気持ちがわからないハズなのに、ふたりが仲良さそうにしているのを見て、暗い顔をしていたぞ』 「それ、マジで?」  俺と一條が並んでいるのを見た悠真が、暗い顔をしていたなんて、驚きしかなかった。 『一條になにかを聞いたところで、実際それが役に立つとは思えないけどな』 「一応、念のためにリサーチしたんだって」 『誤解させるようなことをして、わざと月岡に嫌われたいんだと思った』  ツンツンした口調で告げられたことで、俺も負けじと応戦する。 「それは佐伯もだろ。俺と喋ってるだけで榎本のヤツ、悲しそうに涙目になっててさ」 『アイツとは、番になってるから大丈夫だ』 「それでも佐伯が榎本を捨てたら、簡単に解消できるものだろ。だから榎本は、不安になってるんだって」  アルファが番になったオメガをポイすれば、自動的に番は解消される。だから大好きなアルファに嫌われないように、オメガは必死になるんだ。 『たとえ虎太郎が犯罪者になったとしても、俺は捨てる気はない。突然変異で、アルファになったとしてもだ』 (佐伯をわざと煽って、榎本の気持ちを引き出そうとしたのに、いきなり名前呼びして流暢に想いを語るとは、思いもしなかった)  佐伯を煽る気が満々だったこともあり、事前にスマホの録音機能をオンにしていたのが功を奏した。 「陽太、なんだか嬉しそう」  スマホの画面をタップし、イヤホンを外して編集作業を終えた途端に、悠真に話しかけられた。 「この音源をプレゼントする、相手の喜ぶ顔が想像できるからな。編集し甲斐があった」  言いながらスマホを制服のポケットに突っ込み、あらかじめ胸ポケットに忍ばせていたものを取り出す。 「わっ、陽太それって――」 「実は悠真に借りてた本、全部読み終えたんだ」  笑いながら、文庫本を悠真に手渡して返した。 「ちょっと……なにこの、たくさん挟まれている紙は!」 「悠真が喜ぶと思って、読みながら感想を書いてみたんだ。正直たいしたことは書いてないけど、それでも話のネタになるかなって」  文庫本をパラパラめくる悠真の顔――瞳を輝かせて嬉しげに口元を綻ばせる様子に、がんばって感想を書いてよかったって思えた。 「陽太の感想、すごーくおもしろい。同じ本を読んでいても、見てるところが全然違うから、新たな発見があるね」 「マジで? どのシーンだ?」  文庫本を中心に顔を寄せ合い、話が弾んだ俺たち。飛行機が着陸するまで、延々と楽しく語り合うことができたのだった。

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