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第五章 恋の鼓動と開く心36
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次の日は観光バスに揺られ、長距離移動で旭川に到着。旭山動物園で1日過ごした。その次の日は富良野方面。ラベンダーの花が咲く時期で、畑には目に優しい紫色が広がっていた。
「陽太、俺ここで休んでいるから、班の人と喋ってきたらいいよ。夜だって別の部屋に行ってるわけだし、みんな陽太と喋りたがっていたよ」
「そうか? わざわざ行かなくても悠真と一緒にいるだけで、アイツらが勝手にツッコミ入れてウザいのに」
「俺絡みじゃない、普段の話をしてきなって。たとえばそうだね、体育会系がする行動の見本を見せてあげれば?」
俺からの提案に、はじめは渋い表情を見せていた陽太だったけれど。
「悠真がそこまで言うなら、アイツらのところに行くけど、なにかあったらすぐに俺を呼べよ」
「わかった。行ってらっしゃい」
小走りで班員が固まっているところに向かう後ろ姿を、ぼんやりと眺めた。
これまで、ずっと付きっきりでいてくれた陽太。智くんのことで俺が気落ちしていると思ったのか、夜になって部屋が分かれる直前まで、俺の隣をしっかり独占していた。それは見るからに、誰にも譲らない勢いというか。
「何人たりとも俺に近づけない……みたいな独占欲を見せつけられている感じだったな」
困ったことに、彼の傍はとても居心地がいい。陽太から伝わってくるポカポカは、俺だけが感じられるもので特別だった。
しかも体育祭で具合が悪くなった俺の体調を、ポカポカが治してくれることがわかってからというもの、それに頼りきっている。しかもそのことに陽太が気づいているから、なおさら始末に負えない。
「困ったな、これは……」
「どうした? なにをそんなに困ってるんだ月岡」
俯いて考え込む俺の前に影が差した。顔を上げたらそこには、佐伯が榎本くんと一緒にいるではないか。
「月岡、これプレゼント」
榎本くんが赤いリボンで束ねられているラベンダーの花束を、俺の手に握らせる。
「ありがとう。すごーくいい匂いがする」
「ラベンダーは鎮静成分がある。西野がいなくても、落ち着くことができるだろう?」
言いながら佐伯が俺の隣に座ると、なぜか俺を挟む形で榎本くんは隣に座った。
(――榎本くん、ここは恋人である佐伯の隣に座ればいいのに、どうして俺の横に座ったんだろ?)
「月岡ってば、すげぇ難しい顔してたけど、なんか悩んでるのか?」
榎本くんが心配そうな面持ちで訊ねた。
「頭の中身がないコイツが解決できるとは思えないが、一応話をしてみるだけでもスッキリするかもしれないぞ」
「佐伯……たいしたことじゃないんだ。ただ、今の現状に俺が満足してないだけでね」
「どんなことに満足していないんだ?」
佐伯は訊ねながら、訝しげに眉根を寄せる。
「なんていうのかな、陽太におんぶにだっこ状態になってる感じ。彼の好意に甘えまくって、俺は陽太になにもしていない」
思ったことを口にした途端に、佐伯はさもおかしいと言わんばかりに笑った。カラカラ笑う佐伯のことを、榎本くんとふたりで不思議に思いながら無言で眺める。
「そんなことを言ったら、この榎本もおんなじだぞ。コイツこそ、なにもしていない」
「ちょっと! それ酷くない? 俺ってば涼のこと、すげぇ愛してあげてるのにさ」
「残念ながら、愛は見えないものだからな。ゆえに、なにもしていないに等しい」
俺を間に挟んでの、恋人同士の痴話げんか。俺はどうしたらいいのだろう。
「月岡、見てのとおりだ」
「はい?」
「恋人同士になっても『貰ってない』『いやあげてる!』なんて言い合いをするくらいに、現状に満足していない状態なんだ」
ひょいと肩を竦めてわかりやすい説明をした佐伯の表情は、悩んでいる俺とは違って、とても明るいものだった。
「そうなんだね」
「ああ。しかも片想いしているときよりも、付き合ってからのほうが現状を持続する努力をすることに必死で、とても難しい」
「お互い、好き合っているのに?」
小首を傾げて佐伯を見てから、反対側にいる榎本くんにも視線を飛ばした。
「月岡は榎本から俺に対する苦情を、直接聞いているだろう?」
「う~ん。苦情を聞いているよりも、惚気のほうが多い気がするけどね」
「ちょっと待ってよ。俺は惚気たつもりはないって!」
「榎本くん言ってたじゃないか。佐伯はベッドの中では優しいって」
否定する言葉を告げると、途端に佐伯の頬が赤く染まった。
(へぇ。佐伯でもこんな顔をするんだ。意外だな――)
「バカ虎太郎! 外では余計なことを喋るな。俺の威厳を減らすんじゃない」
「だってぇ……」
「佐伯、榎本くんを怒らないで。彼のおかげで、俺は恋について学んでいるんだからね」
にっこりほほ笑んで告げたら、佐伯はおもしろくなさそうな面持ちで舌打ちした。
「西野を困らせるために月岡に話しかけたというのに、どうして俺が困惑することになるんだ」
「陽太を困らせる? それってどういう――」
言いながら陽太が班員といる場所に視線を向けたら、彼と思いっきり目が合った。
(――もしかして俺のことを、陽太は離れていても気にしていたの?)
「やっと気づいたか。俺と榎本が月岡を挟んで座った頃から、チラチラこっちを見ていたんだぞ」
「涼ってば西野委員長を妬かせたくて、わざとこんなことをしたんだ?」
「おまえが月岡にお土産をあげたいって言ったから、俺は一緒についてきただけ。偶然の産物さ」
佐伯は意味深にほほ笑むなり、俺の肩を軽く叩いてから腰をあげた。それを見た榎本くんも、ベンチから立ちあがる。
「月岡に俺たちのことが参考になるのかわからないが、覚えておくといい。恋は気づいたときには、すでに落ちてるものだからな」
「そうそう! 月岡は頭がいいから、いろいろ考えちゃうでしょ。でもね本当に相手のことが気になった時点で、うわっヤベってなるから、すっげぇおもしろいんだ」
互いに目を合わせて意思疎通をしているふたりに、俺もベンチから腰をあげて立ちあがった。そして深くお辞儀する。
「ふたりとも、どうもありがとう」
「わわっ、そんなことしなくてもいいのに」
榎本くんが慌てふためいて、俺の両肩に手を添えて無理やり頭を上げさせる。
「涼は忙しいから、なかなか相談できないかもだけど、俺はいつでも暇してるからさ。困ったことがあったら、声をかけてほしいな」
「うん、そうするよ。ラベンダーの花束ありがとう。大事にするね」
去って行くふたりを、いつまでも見送った。さっきまで感じていた不安な気持ちはまったくなくなり、素直な気持ちで陽太との関係を考えることができる現状に、安堵感を覚えた。
ふたりの背中が見えなくなったあと、もう一度ラベンダーの香りを深く吸い込む。この気持ちをちゃんと陽太に伝えられる日が来ますようにと、心の中でお願いしたのだった。
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