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第五章 恋の鼓動と開く心38

***  どこまでも続く光の海が、目の前に広がっていた。これが「日本三大夜景」のひとつなんだと、誰かが言っていた気がする。  函館山からの夜景――たくさんの人でひしめき合う中でつなぐ、陽太の手。指先だけじゃなく腕や体温、その奥にある想いまでも、じんわりと伝わってくる。  札幌で智くんに再会したときは、イヤになるくらいに心がざわついた。自分ひとりではどうにもできないことがあるって実感して、不安で怖くてどうしようもなかった。  けれど、あのとき陽太が傍にいてくれた。智くんと向き合ったあとの空白が、今では遠くに感じる。 「陽太……きれいだね、夜景」  ――怖くない、今は。だけど目に映るその輝きよりも、手の中のぬくもりのほうが、ずっと鮮やかだった。 「うん。でも、思ってたより静かだ」 「……うん」 「綺麗すぎて、声を出すのがもったいなくなる感じ」  その言い回しに、つい笑ってしまった。小さな笑いを漏らした俺を見て、陽太も少しだけ口角を上げる。なんとなく、嬉しそうにしているのが雰囲気で伝わった。 「悠真、笑ったな」 (結構暗がりなのに、陽太は俺が笑ったことに気づいたんだ――) 「……俺、笑ってた?」 「うん。ちゃんと見てたから」  その「ちゃんと」が胸の奥に沁みた。目の前の綺麗な夜景じゃなく、いつでも見ることのできる俺を眺めるなんて、もったいないことをしていると思われる。 「陽太俺……智くんと再会してから、いろいろ考えることがあってね」 「そうか」  陽太はつないでいる手のひらに、少しだけ力を込めた。ポカポカが伝わってくると、言いにくかったことも少しだけ言える気がした。 「幼なじみとして仲良くしてた智くんが、あんなふうに変わってしまったこと……もしかしたら陽太も、いつか同じように変わるんじゃないかって不安になるんだ」 「そう思われて当然だと思う。実際、勢いまかせに悠真にキスしちゃったしな」  気まずさを隠すように、陽太は視線を夜景へと向ける。でもその横顔から、目が離せなかった。 「陽太は俺と恋人になったら、なにがしたいの?」  不意に、自分でも驚くような言葉が口を突いて出た。問いかけたセリフを聞いた陽太は、固まったまま動かない。口を引き結んで、夜景を眺めるだけ。 「陽太?」  聞こえていないわけじゃない。時折、頬がピクリと動いてるのが目に留まる。 「まいったな……そんなふうに悠真に見つめられたら、俺の願望が筒抜けになって、すげぇ不安にさせることになる」 「それって、智くんがしたことを陽太もしたいんだよね?」  キス以上のこと――好きな相手を抱きたいと願うのは、自然なことなのかもしれない。 「まぁ、結果的にそうなる。だけど悠真の気持ちを無視してヤるなんてことは、絶対にしない」 「優しい陽太なら、そう言うと思った」  手のひらにじんわりとした汗を感じながら、陽太の手をぎゅっと握り返す。 「悠真?」 「陽太といると……大丈夫って思える自分がいるんだよ」  一歩ずつ、ちゃんと伝えていきたいと思った。なにかが壊れるのが怖くて言えなかった気持ちも、今なら少しずつ渡せる気がする。 「悠真俺さ、悠真に触れたくて、でも触れちゃダメなのかって迷ったりしてた」  陽太が指を絡める。それだけで手の温度が、少しだけ熱く感じた。心地いい熱をもっと感じていたくて、そっと瞳を閉じる。 「……悠真のこと……すごく大事にしたい」 「うん」 「無理はさせないし、言いたくないことは言わなくていい。今の願いは、誰よりも悠真の傍にいたいことかな」  陽太の声は静かなのに、揺るぎなかった。俺の中で、なにかがゆっくり解けていく。 「陽太って本当……バカみたいに優しいね」 「それ、よく言われる。でも悠真には本気なんだぞ」  夜景の光が、俺たちのシルエットを淡く包む。交わされた言葉のひとつひとつが、空気のように優しく降り積もっていったのだった。

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