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第五章 恋の鼓動と開く心39

***  修学旅行から自宅に帰り、数日間の休息期間を経て、ふたたびいつもの日常が戻っていく。修学旅行前よりも陽太と仲良くなれたことがキッカケで、クラスメイトと交流できることにもつながった。それは――。 「あっ、月岡おはよ! 西野に、英単語の抜き打ちテストがあることを伝えてくれないか?」 「おはよう。わかった、伝えておくね」 「ついでに、月岡もテストのヤマ張り手伝ってほしいな。中間テストのヤマ張りよかったよ」  いつもなら俺が教室に入っても、誰からも挨拶されなかった。だけど修学旅行中に陽太を介して、いろんなクラスメイトと話をする機会が増えた関係で、変に気を遣わずに喋ることができた。 「そ、そうかな? 佐伯だって手伝っているし、俺がヤマを張ったところじゃないかもしれないし」 「問題の出し方でわかったよ。西野と佐伯は簡潔なんだけど、月岡のは丁寧だったから、すぐにわかった」 「アイツらはアルファだから、問題がわかって当然だっていうのが文章に出てるよな」  こうして会話にほかのクラスメイトがまじり、次第に盛りあがっていく。最初はそのことにビビって、静観ばかりしていたのだけれど。 「確かにふたりともアルファで地頭がいいから、無駄を省くために文章を簡潔している感じが問題に出ているかもしれないね。それだって、みんなが考える時間を省くためだと思うよ」  せっかくクラスメイトと仲良くなれたのだから、自分の思ったことを進んで口にした。 「あーなるほど。そういう考えもありだ!」 「うん。英単語の抜き打ちテスト、陽太と一緒に考えてみるね」  笑いながらクラスメイトとの会話を終え、自分の席に向かったら、そこにはなぜか一條くんが立っていた。 「月岡先輩、おはようございます。お話があって来ました」 「一條くん、おはよう。場所を移したほうがいいかな?」  机にスクールバックを置き、硬い表情でいる彼に訊ねると黙ったまま頷いた。あまりいい話じゃなさそうな雰囲気が伝わってきて、気分がすごく重くなる。  先に教室を出て、どこに向かえばいいかを考えていたら、一條くんが俺を追い越して、廊下の奥へ歩いて行ってしまった。慌ててあとをついて行く。 「月岡先輩、僕に言いましたよね。『俺はベタだから、陽太とどうこうなろうとは思っていない』って。それなのに修学旅行中にふたりが付き合うことになったって、B組の方から聞いたんですけど」 「あ……」  友達だと思っていた陽太に告白されたショックを受けた、その後の出来事――確かに一條くんには、そう言って対処してしまった。 「一條くんごめんね。実は俺の個人的な事情で、陽太と付き合っているんだけど」 「月岡先輩の事情に、陽太先輩が巻き込まれているんですか?」 「それは……陽太が俺に告白したことがキッカケで、はじまっているんだ」  陽太が好きな一條くんにはキツいことだろうけど、きちんと伝えなければ揉めてしまうと判断。思いきって告げてしまった。  一條くんはしばらく黙っていた。けれどその目は、まっすぐに俺を捉えたままだった。 「……だったら、どうして僕に『どうこうなろうとは思っていない』なんて言ったんですか?」  その声は静かだったけれど、ほんの少しだけ震えていた。 「あのときは、本当にそう思ってた。俺自身が、自分の気持ちをちゃんと理解できてなかったんだ」  それは言い訳なのかもしれない。けれど嘘はつきたくなかった。 「陽太に告白されたことに、最初はすごく戸惑って……でも時間をかけて、ちゃんと考えた。その上で陽太の恋する気持ちを理解したくて、今は付き合ってる」  一條くんの唇が、少しだけ結ばれる。 「……僕には言い訳に聞こえます。しかも、月岡先輩の気持ちがわかりません。陽太先輩を、都合のいい相手にしてませんか?」 「うん。そう思われても仕方ないよね」  そこに反論はなかった。自分が持つ不器用さに呆れることがある。それでも、向き合わなきゃいけないと思った。 「ごめん。一條くんの気持ちを、軽く見ていたわけじゃない。だけど今の現状では、俺自身も自分の気持ちに整理がついていない状態なんだ」  その言葉に、一條くんは少し目を見開く。けれどすぐに、ふっと視線を逸らした。 「僕、諦めませんから……」 「一條くん――」 「ベタの月岡先輩に、陽太先輩は渡しません!」  一條くんは両手で俺の体を突き飛ばし、廊下を走り去ってしまった。彼が小柄だったので、突き飛ばされてもそこまで体に衝撃はなかったものの、心の中はずんと暗くなる。  陽太のことを、まだちゃんと好きになれていない自分。智くんを諦めさせるためだけに、陽太と付き合っているような今の状態じゃ……やっぱりダメだと思う。 「どうしたらいいんだろう……」  教室に戻りながら、先の見えないことに頭を悩ませたのだった。

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