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カーテンコールに花束を
【side R】
JTOの収録を終えた後、すぐに紡と一緒に家に帰りたかったけれど、とある計画のためにスケジュールを詰め込んでいるせいでテレビ誌のインタビューとCM撮影の仕事が残っていた。
今はインタビューは終えて、ハウススタジオでのCM撮影中。表情はにこやかに取り繕いながら、内心早く帰りたいと急いていた。これまでは空虚な家に帰ることを憂鬱に思っていたのに、紡がいるというだけで全くの別物になってしまう。
「律さん、顔」
「分かってる」
スタッフさんがセットを変えている間、つかの間の休憩。パイプ椅子に座ってスマホをチェックしていれば、楠木さんに叱られる。
眉間に皺が寄っていることは自覚していたけれど、そろそろイライラも溜まってくる。どうして今日に限って、二時間も予定より遅れているんだ。
今頃、よく頑張ったねと紡をどろどろに溶けるほど甘やかして、優勝をお祝いしていたはずなのに。計画が全て狂っている。
時計を見れば、もう少しで日が変わる。俺の帰りを健気に待つ紡はまだ起きているだろうけれど、今日はかなり疲れたはずだ。ソファで寝落ちる前にベッドに入るように連絡すれば、すぐに『待ってるよ』と返信が来た。
「はぁ~~」
「律さん?」
「早く紡に会いたい」
「漏れてますよ、抑えてください」
綺麗にセットされたメイクや髪型が崩れてしまうことも忘れて、机に突っ伏してもごもご言う。『律の顔が見たいから』なんて、可愛すぎるだろ。
最近やっと一緒にいても緊張することが減ってきて、こうやって素直になってくれるのが嬉しくてたまらない。帰ったらすぐに抱きしめてキスをしよう。そう決めた俺は表情を引き締めて、セットに足を進めた。
◇◇
深夜二時を過ぎた頃、ガチャと音を立ててドアが開く。それを聞きつけた紡がリビングからひょっこりと顔を覗かせて、俺を見つけるとぱたぱたと駆け寄ってくる。その顔があまりにも嬉しそうだったから、たまらずぎゅうっと抱きしめた。
「ふふ、おかえり」
「ただいま」
何度もしたありきたりなやりとりも、紡となら毎回新鮮で嬉しくて、心が弾む。背中に回される腕に幸福感で満たされた。
お風呂に入ったからか、少しぽやぽやしている紡をベッドに押し込んで、手早くシャワーを浴びた。寝ていたらそれでいい。無理に起こすつもりはなかった。
音を立てないように寝室に入れば、布団で顔の半分を隠した紡と目が合った。健気に待っていてくれたことにきゅんと胸が鳴る。
寝ててよかったのに、なんて無粋なことは言わない。代わりに「ありがとう」と言えば、宝石のように輝く瞳が甘く蕩けた。紡の体温で温められたベッドに潜り込めば、紡が口を開く。
「今日の僕、どうだった?」
わくわくと、褒められるのを待つ子犬のような紡が可愛くてたまらない。
「最高だったよ。頑張ったね、紡」
まろい頬を撫でれば、照れながらもその手に擦り寄ってくる。嗚呼、俺の恋人が可愛くてどうにかなってしまいそう。元々人前に出るのが苦手なタイプなのに、あんな大勢の前で愛の言葉を伝えられて興奮しないわけがない。
堪らなくなって口付けを贈れば、途端に瞳の色が変わる。どんどん深くなるキスに甘い声が漏れた。この声も反応も、紡の全てが俺だけのものという優越感に浸る。
名残惜しく思いながら一度唇を離せば、耳まで赤く染めた紡が躊躇いがちに手を伸ばす。
「ねえ、今日は僕にさせて」
「え!?」
普段、エッチなことなんて知りませんって顔をしているのに、今この子は何と言った?
純粋無垢な紡から発せられた言葉が信じられなくて、思わず聞き返してしまう。
「……僕も律に触りたい」
すると拗ねたようにそう言うから、頭にかあっと血が上って、ぐと奥歯を噛み締めた。理性がぼろぼろに崩れ去ってしまいそうになるけれど、もし今本能のままに紡を犯せば新たなトラウマを作ってしまうだろう。なけなしの理性を掻き集めて、狼が紳士の皮を被る。
「紡の好きなようにしていいよ」
それを聞いた紡は移動すると、恥ずかしそうに視線を落としてズボンの上から控えめに触れる。もう既にそこは主張していて、それに驚いた紡はへにゃりと眉を下げる。
自分から言い出したのに視線をさ迷わせて、早速どうしていいか分からなくなっている。そんな初心なところも興奮材料になる浅はかな自分に呆れてしまった。
「脱ごうか?」
「……ん」
むすと唇を尖らせた紡。多分、自分から言い出したのにってまた自己嫌悪してるのだろう。そんなところも可愛いと思うのだから、恋は盲目だ。
最後は任せようとズボンだけ脱げば、上目遣いでこちらを見る。何も言わずにいれば、紡は恐る恐る下着の上から唇を落とす。
その光景だけでもう満足。無理するなと頭を撫でれば、負けず嫌いが顔を出す。一思いに下着を下げた紡は、その勢いのままに大きくなった先端に口付けた。そして、それからどうしようと再び固まってしまう。
「……紡、」
「やだ」
経験のない紡に無理をさせまいと声をかければ、イヤイヤと首を振る。今日の収録でアドレナリンが出て、興奮が止まらないのだろう。
すりと耳を指先で弄れば、きゅと目を閉じた。そんな紡が可愛くて額にキスをすれば、意思の強い瞳が俺を見つめる。さっきまであんなに躊躇っていたのに、赤い舌を覗かせてそれを咥えた。
「ッ、」
全くの予想外、不意をつかれて思わず声が漏れる。それに気を良くした紡は、俺の様子を伺いながら右手を添えて動かし始める。
俺にとって、紡の歌声は宝物。その歌声を発する口内に自分のものが入っていると思うと、一気に血が沸騰してくらくらした。
「きもちいい?」
「うん、上手だよ」
瞳から欲望を垂れ流しにしている自覚はあるけれど、丸い頭を撫でながら努めて優しく言えば紡はへにゃりと笑う。
「紡、そろそろ」
「だめ、今日は僕が全部する」
立場を逆転させようと、紡の体をベッドに横たえようとすればその手を掴まれる。そして、そのまま紡は俺の上に跨った。慣らしてもいないのに駄目だと止めようとすれば、目を閉じて眉間に皺を寄せた紡が自分の指でそこを拡げていた。
この子は俺をどうしたいのだろう。何度か体を重ねることはあったけれど、ここまで積極的な紡は初めてだ。今夜は俺が紡を甘やかそうと思っていたのに、これでは俺がご褒美を貰っている側だ。
だけど、紡のやりたいことは全て叶えてやりたい。俺は押し倒したい気持ちを押し込めて、紡のやりたいようにやらせてあげることにした。
「ん、待って、……うまく、入んない」
覚束無い手つきで泣きそうになりながらも自分で挿れようと頑張っている姿が胸に来る。白い太腿を撫でれば、びくりと体を震わせるのがいじらしい。
「あっ、入ったぁ」
無事に自分の中に入って嬉しそうにしているのを見れば、遂にぶちりと理性の糸が切れる音がした。ここまでよく耐えた方だと褒められてもいいぐらいだ。
「だ、めっ」
「ごめんね、もう限界」
本能のままに下から突き上げれば、快楽に耐えられなかった紡が倒れ込んでくる。愛しい彼を抱き締めてキスをすれば、びくびくと背筋を反らしながらも縋りついてくる。キスする度にきゅっと反応する中が俺を好きだと言っている。
「紡」
「んッ、」
「あの日、俺を見つけてくれてありがとう」
「っ、まって、りつ」
アイドルになってよかった。心からそう思えるのは、君がいてくれるから。あの日、小さな箱の中で歌って踊る俺を見つけてくれたから、俺の人生が色付いたんだ。
もし紡が俺のファンじゃなければ、オーディションで東雲律の曲を歌っていなかったかもしれない。そしたら田島さんは紡の映像を俺に見せなかっただろうし、俺が審査員になって紡に出会うこともなかっただろう。
「愛してるよ」
綺麗なガラス玉のような涙を惜しげもなくぽろぽろと零す紡が何よりも愛おしい。なんだか勿体なく思えて目元に口付ければ、紡の爪先がぎゅっと丸まった。恐らくもう限界が近いのだろう。
「やだ、りつ、一緒がいい」
「うん」
「……僕も、愛してる。ずっとずっと、律だけだよ」
紡の言葉がじんわりと沁みて、ぽわぽわと胸の奥が暖かい。人は愛おしすぎると涙が出るんだって、紡に出会って初めて知った。
重ねた唇が少し塩っぱい涙の味がする。なんだかそれも紡と同じだと思うと嬉しくて、涙腺を刺激した。
「ッ、もうだめ」
「……俺も」
お互いの体を抱き締め合って、同時に絶頂を迎える。この世で一番幸せなんじゃないかって、何の疑いもなくそう思った。
【side R 終】
どろどろになった体を綺麗にしてベッドに入れば、途端に眠気が襲ってくる。目をしぱしぱさせていれば、律がゆるりと髪を撫でる。
「改めて、優勝おめでとう」
「……ありがとう」
いつもより低い、静かな声が耳に響く。じんわりと実感が湧いてきて、やっと律に伝えられると思ったら心臓が一段とうるさくなって、眠気なんて消えてしまった。
「あのね……、僕、事務所に入ろうと思う」
「うん」
様々な業界・業種の説明会に行ったけれど、どれもピンとくるものがなかった。そんな時、律のコンサートを初めて生で見て、ビビっときた。
自分を卑下してばかりの僕が、歌うことは自信を持って好きだと言える。歌を仕事にできたら……。そんな未来を描いてしまった。
もしもファイナルで優勝できなければ、律の住む世界は諦めようと思っていた。だけど何とか優勝はできたから、まずは律に伝えておきたいことがあった。
「いつか僕がデビューして、律が許してくれる時が来たら……、一緒に歌ってくれないかな」
「…………やだ」
煌びやかなステージじゃなくていい。お客さんだっていらない。貴方と一緒に歌えれば、それだけでいい。だって、それが僕の夢だから。
律の反応を見るのが怖くて視線を逸らしながら言えば、返ってきたのは明るい声色なのに残酷な拒否の言葉。
やっぱり僕なんか、律の隣に立つのは不釣り合いだ。律だってそう思ってる。身の程知らずな自分が恥ずかしい。
鉛玉をいくつも飲み込んだみたいに、ずんと胃の中に冷たくて重たいものが溜まっていく。けれど、表情を曇らせる僕の手を取った律は、小さく笑みを零す。
「これ以上待てないよ」
「え?」
「それに俺は一度きりなんて嫌だ。ずっと一緒に歌っていたい」
「何を言って……?」
律の言葉の真意が理解できなくて、首を傾げる。以前名刺を貰った事務所に入って、いつか共演できればいいなと思っていただけなのに。
「ふふ、ちゃんと見てないんだね」
「?」
「楠木さんの名刺、貰ってるでしょ」
「え、」
腰が痛むのも忘れて、がばりと起き上がる。慌てて財布から数枚の名刺を取り出せば、確かに律の所属する事務所の名前が書かれた楠木さんの名刺が一番後ろにあった。
貰ったときはどこの事務所のものかなんてそこまで気にする余裕がなかったから、全く気がつかなかった。口をぽかんと開けて固まる僕の前に跪いた律は、左手を取って薬指に口付ける。
「俺とデビューしてくれる?」
「……うそ」
それは、僕らだけのプロポーズ。
夢にも思っていなかった言葉に声が震える。
「嘘じゃない。楠木さんにもずっと前から言ってあるし、俺たちはもうそのつもりで動いてる」
「でも、だって、……僕なんか、」
「紡はどうしたい?」
「……僕が隣にいてもいいの?」
「紡の夢は俺の夢でもあるんだよ。これからもずっと、隣にいてよ」
「っ、うん」
ぐしゃりと顔を歪めればすぐに抱き締められる。そして甘い口付けを交わせば、余計に涙が溢れてくる。
そんな僕を愛しげに見つめるのは、最愛の神さま。僕の愛を受け止めて、夢を叶えてくれる唯一無二の存在。
まだ、僕の夢は叶ったわけじゃない。
これから進むのが茨の道だと分かっていても、もう引き返さない。
何があっても大丈夫って、信じられる。
隣にいるのが律だから、僕らはきっといつまでも夢を見ていられる。
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