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今日がやけに暇だったのはクリスマス当日だからだと気づいたのは、珍しく定時に庁舎を出た後だった。馴染みのパブはクローズドで、晩飯をどうするか考えながらホワイトホース(通り)を北上すると、トラファルガー・スクエアの巨大なクリスマス・ツリーが目に入った。そこのクリスマス・マーケットも今日は休みで、ワインかプンシュで温まることもできない。 いつものように、ぶらぶらとウチへと向かうストリートは、いつもと違い閑散としていた。 朝はバスで通勤するが、帰りは遅くなりすぎなければ歩いて帰宅する。途中、繁華街(レスター・スクエアやコヴェント・ガーデン)のどこかで少し食べて、歓楽街(ソーホー)をぶらつきながら酒を引っかけてから帰るのがルーティンになっている。 わざわざ繁華街や歓楽街を通るのは、ここら一帯が俺の庭だからだ。大小の悪党、成金、偽善者、芸術家とそれを気取る者、性的マイノリティ、ギフテッド、好事家、狂人、異常者、ろくに英語を喋れない移民、不法滞在者、夢追い人、夢敗れた者、流浪の者、逃げる者、捨てた者、捨てられた者、行くあてのない者。これはほんの一例で、あらゆる類のはみ出し者や孤独な者を受け入れる懐の深い街は、俺にとっても居心地がいい。 年に一度だけ、ここらですら嘘みたいに人がいない有様は寂しいものだが、行く先々で街並みを彩るイルミネーションは暖かい。 毎年、実家に帰るわけでも、特に何をするわけでなくても、クリスマス自体は好きなのは、冷えた記憶の中にある数少ない温かな景色だからだろう。 静かな繁華街を抜けた一角、チャイナタウンではいくつか店が開いていた。 馴染みの店を覗くと、店主に「もう閉めるからさっさと注文して」と怒鳴られた。 汁のないヌードルと炒飯、エビチリ、餃子なんかを持ち帰りで頼み、ついでに6本セットの青島ビールを買った。ウチにはろくな飯はなく、酒のストックも切れていた。 「どーも」と紙幣をキャッシャーの横に置き、店を出た背で閉店の施錠を聞いた。滑り込めてラッキーだったが、缶6本は多かった。袋が重い。 家路を急ぐ者達が行き交うシャフツベリー・アベニューを渡り、足を踏み入れた歓楽街(ソーホー)もまた、バカみたいに静かだった。 いつものルートを辿りながら、世界の終わりのような街を眺めるのも悪くはない。 ひっそりとしたオールド・コンプトン・ストリートを右に曲がって少し行くと、ネオンの消えたナイトクラブの店先にスマホを覗く人影が見えた。 「…ノーマン!」 よく見て確認する前に、声で誰かわかった。 「なんだ、レオか」 嬉しそうに駆け寄ったレオが左腕にがばっと抱きついて、足を止めた。 いつもと違うワイン色のベロアのコートに、いつもと違う甘ったるいフレグランスが強く匂う。アイラインで囲った涼しい目を輝かせて俺にまとわりつく男は、腹を空かせた捨て犬のようだった。 「なんだってなんだよ、シツレーだなー」 「おい、重い」 「帰り?だいぶ早いじゃん」 「こんな日だからな、で、お前は何してんの?」 「ナニって…営業??」 「こんな日に?」 「こんな日でも」 「だーれもいないのに?」 「いないね」 「こんな日くらい休めよ」 「年中無休」 「立派だな」 「ノーマンこそ、休みじゃないの?」 「俺の仕事にホリデイは関係ない」 「リッパだね」 「そんなもんだ」 「それで、これからどっか行くの?」 「どこもやってないだろ、帰るだけ」 「誰かの待つ家に?」 「いないの知ってんだろ」 「そろそろオンナの1人や2人作ったら?」 「そう言うお前は?パパはどこいった?」 俺の言葉に、レオは薄く紅を引いた綺麗な唇を歪めた。

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