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俺は、この街をよく知っている。 ロンドン警視庁(スコットランド・ヤード)勤めの俺が、テロ対策司令部から生活安全課に転属したのが約10年前。生活安全課なんてのんきな名前の風俗管理部に配属された俺は、その日からロンドンの夜の街の“監視役”になった。管轄の盛り場にあっさり馴染み、生活圏すらここを中心に据えた俺は、単に猥雑な街が肌に合っているというだけで、別に優れた警部ってわけじゃない。とはいえ、なかなか人が定着しづらい部署にいつまでも留まり続ける俺は、気が付けば、ヤードで最もロンドンの夜を知る人間になっていた。 一般的に、夜の街は人の世の暗部を内包するものだが、それも社会の一部であって、必要だからそこにある。 俺の仕事のポリシーは単純で、何かがなければ不干渉だ。一線を超えない限り、例えば殺人、強盗、窃盗、性犯罪、児ポがらみや未成年の犯罪・売春、海外の組織が絡む巨額のドラッグ売買、人身売買、一般市民をカモる悪質な詐欺といったケースでもなければ、俺から勝手に嗅ぎまわり、令状をかざして乗り込むようなことはしない。 つまり、重犯罪でもなければ、そこらの主婦でも常習している程度の葉っぱや、黒い組織の内々のゴタゴタなんかは見て見ぬふりをする。レオだって、税金なんてロクに払ってないだろう。(そもそも、それは俺の管轄じゃないが。) とはいえ、悪党から賄賂を受け取ったりもしない俺は、連中からすれば食えない目の上のこぶであり、この街の行き過ぎを防ぐ抑止力であり、ギリギリの治安のバランサーとして存在している。 今ではこの街で俺を知らない者はいないように、レオもこの街で知らない者はいない。 どこに行こうと、その一部になりえるまでには、結局、人との関わり抜きには語れない。 売り専のボーイをしているレオと知り合ったのは転属して間もない頃で、当時の彼は、既にこの街を代表する夜の蝶だった。 利口なレオは、歓楽街に入り浸るようになった俺にすぐに懐いた。警察(ヤード)との関係をチラつかせておけば、危険(ヤバ)い連中(きゃく)を牽制できる。体一つで生きていくのだから、人でも金でも権威でも、使えるものは最大限に利用する彼のしたたかさは嫌いじゃない。 一方の俺は俺で、誰よりも顔が広く、大概のとこには潜り込めるレオを情報源に、この街の裏の隅々まで把握している。用件や内容次第ではたまに謝礼をやることもあるが、そうでなくてもあれこれ喋りたがる彼は、単に俺と駄弁るのが好きらしい。 レオに限らず、他にも情報屋や何かと都合がつく便利屋は何人かあてがあるが、一番確実で信頼できるのはこのレオで、持ちつ持たれつの関係はもう長いこと続いている。(使える人間でも、3年もすれば姿を消しているなんてことはままある。) こんな風に、この街でうまいこと立ち回ってきたレオは、ここ5年ほど、ほどよく汚れた貿易業経営者の愛人業をメインにしていたはずだった。

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