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◉1◉とんでもない呼び出し(てっしょー、ミナカイ)_1

「鉄平ー! 早くしろよ、遅れるぞー!」  大学に通いながらVDSで働き始めたあの頃から三年。つまり、結婚してからも三年が経つ。二人での生活にも慣れ、仕事にも慣れてきた今日この頃。なぜか俺たちは永心(えいしん)家に呼び出されていた。 「んー? おはよう、翔平。待ってよ、昨日のケア結構重かったから……。ガイドは自力回復しかできないから、睡眠時間が短いと……」 「あ! 寝るなって、おい! 澪斗(みおと)さんに呼ばれてるんだから!」  俺はすぐに寝落ちしようとする鉄平を引きずりながら、着替えを詰め込んだバッグを車へ投げ込む。またすぐに眠り込んだ鉄平の頬にキスをして、ハンドルを握った。 「今日は俺が運転するから、お前は着くまで寝てろよ。昨日頑張らせたのは、まあ、確かに俺のせいだし……」  そう言った途端に昨夜の自分の乱れっぷりを思い出し、思わず赤面する。  出しても出してもまだ欲しくて、何度か鉄平の上に馬乗りになっていたことを思い出した。上から見下ろすと、鉄平と初めてした日を思い出す。そして、今こうやって当たり前に隣にいられることに、心が震える思いがするんだ。 「そうだよなあ。ケアも重かったけれどさあ。すぐ能力解放しようとするから、それを抑えるのに必死だっていうのに、気がつくと股間に翔平の顔があるし。自分は回復したからって、その後のおねだりのえげつなさがさあ……」  そう言われて、一番恥ずかしかった記憶が蘇ってきた。俺、鉄平の顔の前に尻突き出して迫ったんだったな……。そう思っていると、臍の下あたりにズクンと疼きが生まれて、思わずまたねだりそうになってしまう。  必死になって被りを振って、それを払いおとした。今は一刻も早く永心家に行かなくてはならない。 『翔平くん、お願いがあるんだ。僕たちを助けてくれないかい?』  澪斗さんからあんなに切羽詰まったお願いをされることなんて、まずない。俺と鉄平がそれに応えることができるのなら、あの人のためなら。えげつない性欲だって抑えて見せるんだ……って、なんだか情けないけれど、そう思ってエンジンをスタートさせた。 「今日は俺が運転するから。鉄平は寝てろよ。近いからすぐ着いちゃうけどさ」  潜入捜査明けだった昨日は、確かに俺はいつもよりも凄いおねだりをしたと思う。ずっと緊張状態が続いていたんだから、そこから解放されたとあれば、色々と爆発してしまうのも仕方がないだろう?  でも、確かに鉄平が言うように、センチネルはガイドのおかげで回復することができるけれど、ガイドは自力で回復するしかない。それをわかっているからいつもはセーブするんだけれど、昨日はどうしてもダメだった。  寝ようとする鉄平を捉えてその中心を手で弄び、口に入れて弄び、挙句一人ですま……。いやいや、正気の今は口にするのも恥ずかしい。 「すごかったよなあ。うっかり喰らわれそうだったぞ、俺。いや口に入れられてたから、食われてたのか」 「う、うるさいってば! だってさあ、今回の潜入先って風俗店だっただろ? その、調査中にその、そこらじゅうから声ばっかり聞こえてくるし、ずっとお前には会えなかったし。色々と爆発寸前だったんだよ」  ブレーキを踏みしめながらリズミカルにフットブレーキを踏む。シフトレバーをドライブへ入れると、大通りを目指して車を走らせた。  鉄平は隣で周囲をチラリと確認し、事故の起きやすいスポットを抜けると安心したように目を閉じる。俺は耳の能力だけを僅かに解放して、危険を察知しやすいようにして運転することにした。急ブレーキを避けて鉄平を安眠させてあげたいからだ。 「んー? 別に責めてないよ? 俺はエロい翔平はいつでも歓迎するからね……」  そこまで言うと、突然スーッと眠りに落ちていった。よほど疲れているのだろう、すぐに穏やかな寝息を立て始めた。シートを倒して眠ればいいものを、目を覚ました時に俺の顔が見れないのは嫌だからと言って、ほんの少しだけ倒しただけで眠っている。  サラサラの黒髪の下に長いまつ毛が揺れていて、その下には少しだけ開いた唇が見えていた。 「……いつもありがとう、な」  ちょうど信号が赤に変わった。俺は車を停めて、助手席に座る愛する夫の髪に、そっとキスをした。 * 「おー久しぶり、てっしょー。元気にしてたかい?」  永心家の門をくぐり、新しく配属された執事長さんの案内で客用の駐車場へと車を停める。先に荷物を下ろしていると、俺の姿に気がついた海斗(かいと)さんが、手を振りながら走って来た。 「海斗さん、お久しぶりです。元気でしたかー? って言っても、前にお会いしてから二週間くらいしか経ってませんけどね」  俺は海斗さんに会釈をした。彼は仰々しい挨拶を嫌うので、いつもこのくらいの軽い挨拶をするようにしている。俺なりの気遣いなのだが喜んでくれたようで、ふわっと花が開くような笑顔で応えてくれた。 「ああ、そうだね、確かに。でもさあ、君らくらいの子って、少し合わないだけで顔つきが変わっちゃうよね。随分と表情がキリッとしてきたよね、翔平くん」 「え、本当ですか? 嬉しいです。ありがとうございます! 俺の顔って幼いみたいで、どこに行っても可愛いとしか言ってもらえないんですよ。引き締まった感じが出て来たのなら、すごく嬉しいです」  海斗さんは、ここの主人である永心澪斗さんのパートナーで、俺よりランクが上のセンチネルだ。今はもう現役を退いたため、VDSで後進の育成をしている。そして、VDSの社長である鍵崎翠さんの養父でもある。  俺の憧れの翠さんの父親というだけでも憧れるのに、何十年も潜入捜査に耐えうるほどの忍耐力を持ち合わせている人だ。心の底から憧れる、本当の意味で強い人だと俺は思っている。 「……翔平はかわいい。それでいい」  突然鉄平が車から降りて来たかと思うと、海斗さんに向かって「そう思いません?」と不躾な問いをした。  政治家のドンと呼ばれる永心澪斗のパートナーにそんな口の利き方をするなんて、命知らずもいいところだ。俺は肝を冷やした。  俺は海斗さんの教育を受けることは無いけれど、鉄平はガイドとして心得ておかないといけないセンチネルの特性を彼から教え込まれている。だから、俺よりも海斗さんとの距離は近い。  でも、そうだとしても、鉄平の態度は目に余るものがあるのだ。それが鉄平らしいと言えばそうなのだけれど、俺はいつもヒヤヒヤさせられる。 「何言ってんだよ、鉄平。失礼だろ。お前ちゃんとわかってないんだろうけれど、海斗さんは偉い人なんだからな! ほら、ちゃんと挨拶しろよ」  そう言って降りてきた鉄平の肩を小突いていると、廊下の奥の方からくすくすと軽やかな笑い声が聞こえてきた。 「ふふふ。二人とも相変わらずだね」  その雅な笑い声の持ち主は、この家の主人で政治家としても名高い永心家のトップ、永心澪斗さんだった。いつものように、優しくて美しくて蠱惑的な笑顔を浮かべている。 「澪斗さん! お久しぶりです。すみません、俺の方から向かうべきなのに……」  澪斗さんは車椅子のハンドリムを自ら回して、ゆっくりと廊下を進んできた。その穏やかな笑顔は、以前に比べると少しだけ萎れているように見えた。  最後の大立ち回りの際に銃の暴発と能力の暴走で体力を失い、あまり長時間働くことも出来なくなったと聞いている。それを思い出した俺が、切ない思いに胸を痛めている間に、海斗さんが澪斗さんの隣に自然と寄り添っていった。 「澪斗。少しだけ冷えるから、部屋に戻ろう。自室で話せるようにしてるよな?」  宝物を扱うようにそっと澪斗さんを抱きしめると、海斗さんは車椅子をくるりと方向転換させた。そして、屋敷の奥へと進む準備をする。 「はい。お願いします」  そう言って海斗さんを見上げた澪斗さんに、海斗さんは愛おしそうに唇を合わせた。 「ひゃー。相変わらずラブラブですね。部下がいますよ、目の前に」  車の中でスーツに着替えた鉄平が、二人に向かってそう揶揄う。すると、海斗さんは途端に視線を尖らせて、 「なんだ? 何か問題でもあるのか?」  と、地にのめり込みそうな恐ろしい声で鉄平を睨んだ。正直、俺は縮み上がってしまった。あんなに恐ろしい声は、なかなか聞けるものじゃない。  情けないことにぶるぶると震えていると、鉄平が面倒くさそうにため息をつき、海斗さんに向かって悪態をついた。 「ちょっと、海斗さん。本当に性格が悪いですね。その冗談やめてくださいって。翔平が本気だと思ってびびってますから」  腕を組んだまままるで動物を追い払うかのように手を振る鉄平に、俺は冷や汗をかいた。どうして鉄平はいつもこうなのだろう。立場のある人に対する態度が、桁違いに悪い。 「なんだよ、真壁。少しは怯えてくれてもいいだろう?」  そう言ってむくれる海斗さんに、俺は驚いてしまった。 「え、あれ冗談なんですか? 俺、全然わからなかったんですけれど! センチネルに見破れないって、どんな冗談ですか……。あれ、もしかして俺が無能になったのかな? 五感全部ダメになった感じ?」  慌てる俺に、澪斗さんは楽しそうに声を張って笑い始めた。そして、俺の背中を優しく叩いて励まそうとしてくれる。  その笑顔はとても綺麗で、パートナーの目の前で思わず見惚れてしまうくらいだった。 「大丈夫だよ、君は全く変わってない。むしろちゃんと進化してるよ。でも、海斗さんを見抜けなくても、それはそれで仕方がない。だって海斗さんの方がレベルが上なんだからね。翔平くんの察知能力の上をいくほどの演技力を海斗さんは持ってるってことだよ」

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