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結局、劇場の140周年の記念演目の脚本のオファーに発展した立ち話は、ゆうに40分を越えて、ウィルの部屋に向かえたのは、パーティーが終宴する頃だった。
声をかけてくる人達に詫びながら会場を飛び出して、6階に向かう胸は、ウィル恋しさと申し訳なさで爆発しそうで、苦しかった。
ところが。
やっとの思いで603号室の呼び鈴を押しても、応答がなかった。
「…ウィル?」
ドアをノックしても、開く気配がない。
「ウィル?大丈夫!?」
ノックを3度繰り返しても、ドアの向こうに人の気配がない。
まさか、倒れてたりするんじゃないか。そんな不安がよぎって、フロントに行こうと考えた時だ。
ポケットで震えたスマホを慌てて取り出すと、ウィルから一言だけ、《ごめん》というメッセだった。
意味がわからなかった。
「ごめんて、何…?」
思わず声を張ると、後ろを宿泊客が通り過ぎて、ドアに張り付いて声を落とした。
「謝らなきゃいけないのは僕だ、中に入れて…」
少しして届いたメッセは、目を疑うものだった。
《ごめん、帰ってほしい》
「どうして…?」
《きみに、会いたくない》
それを見た瞬間、体の中が冷え切って、胃がひっくり返りそうだった。
「どういう、こと…?」
《あの女性は、元カノ?》
「そう…だけど信じてほしい、もう終わってる、過去のことだから」
《わかってる、それは別にいい》
《きみに素敵な人がいないほうが不思議だし》
「彼女の無礼を謝る、本当に申し訳ない、僕のせいだ…」
《やっぱり僕は、ロンドンにはついてけない》
「そんなこと…」
ない、なんて、無責任なことは言えなかった。
《彼女に、わざとゆっくり書いたんだ》
《イライラされるのわかってて》
《平気だよ、よくあることだから》
「…」
《あの後、何人か僕に話しかけてくる人がいたけど》
《疲れた》
《なんだか、すごく辛くなった》
「………」
《今日、よくわかった》
《やっぱりきみは、住む世界が違うって》
「それは思い込みだよ、ここを開けて、ちゃんと話、させて…」
しばらく、メッセがなかった。
気配はしなくても、僕の声の届く所に彼がいるのは確かで、祈る思いでドアに手を当てた。
「そこに、いるんでしょ…?」
「本当に、ごめん…」
「君のこと、全然気遣えてなかった…」
《きみは悪くない》
《変に気を使われるのは好きじゃないし》
《僕の、問題》
「………」
《本当のことを言うと》
《きみに、本気になりたくなかった》
「…ど、して…」
《きみは、遠いから》
《本気になるほど、辛いだけだから》
「…」
《今だって本当は、きみとファックしたい》
「僕だって…」
《でもしたら、離れたらもっと辛くなる》
「そう思うのは、前の、辛い恋のせい?」
「…リンに少し、聞いた」
「それも、遠距離だったの…?」
《もう、期待したくない》
「…っ」
しばらく、メッセはなかった。
ドアの向こうで、ドアを背に膝を抱えて、項垂(うなだ)れてる姿が見える気がした。
「…僕も、終わり…?」
少しして。
《ごめん》と届いた一言に、胸を抉(えぐ)られた。
「…っ」
「…僕は、バカで、身勝手だ…」
「君がそんなに辛くても、君を抱き締めてキスしたいと思ってるし…」
「本当は、君を帰したくない…」
何も、納得できていなかった。
体を返してドアに寄り掛かると、膝が抜けてしゃがみ込んでしまいそうだった。
「…帰るよ」
返事は、ない。
少しだって諦めたくない心を引き剥がしてドアから離れても、家に帰っても、ウィルからのSMSは、なかった。
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