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Ch.13

それから、ホテルのパーティー会場に場所を移した僕らは、楽しい時間を過ごした。 パーティーにいるのは招待客だけでなく、主催筋の有力者や業界の大物、スポンサー、各人と交流のある各界の著名人やアーティストなどもいて、DJがプレイするBGMが賑やかな会場は、ナイトクラブのような熱気と興奮に包まれていた。 始めのうち、ウィルは肩身が狭そうにしていた。それでも、誰かが僕に挨拶しに来たり、僕が仕事筋の仲間や友人を見つけるたびに、ウィルを僕の恋人だと紹介しているうちにリラックスできたらしい彼は、笑顔でいてくれるようになった。 会場の隅にはメディア向けの写真撮影のエリアがあり、舞台の出演者達に続き、ゲストの著名人達が撮影されているのを見ていたウィルは、知っている顔を見るたびに僕の袖を引っ張って、『見て、誰々だ』『本物だ』『あの人がいる、すごい』なんて楽しそうに教えてくれた。 そのうち、不思議そうに僕を見上げた彼は、スマホを取った。 《なんだか、映画のプレミアみたいだ》 「そうだね、似たようなものかも」 《きみは写真を撮らないの?》 「僕?僕はしないよ」 笑って返すと、『どうして』と無邪気に眉をひそめる彼が、愛おしい。 「僕は表に出たいタイプじゃないしーーー」 と答えた時、この作品の関係者に集合がかけられて、僕は苦笑した。 「これはさすがに行かないと…」 出演者達と並んでフラッシュを浴びながら、カメラの群れの端っこから僕を見つめているウィルを見ると、その顔には、少し寂しそうな色が見えた気がした。 撮影を済ませてウィルの側に戻ると、彼は眩しそうに僕を見つめた。 『きみは、凄い人だね』 「別に凄くないよ」 《謙遜しないで》 「…そうだね、じゃあ」 『?』 「せっかくだから、やっぱり写真に写ろう」 『??』 ウィルの腕を取ってステージへ促すと、僕の意図を察したらしい彼は尻込みをした。 『僕も!??』 「うん」 『どうして!?』 「君は、僕の恋人でしょ?」 『そ、うだけどーーー』 「記念になる」 『ただの恋人だよ?』 「そう、大切な恋人」 途端に、顔を真っ赤にした彼の手を繋ぐと、すんと大人しくなった彼はスマホを片手で操作した。 《ちょっと、恥ずかしい》 「胸張って、君はモデルみたいに素敵だ」 《すごく嬉しい》 『けど…』 「想像してみて、君は玉の輿に乗ったスーパーモデルだって」 ははっと大きく吹き出した彼の手を引いて、「行こう」と誘った。 仲のいい演者達のグループが撮影を終えたフォトスポットにウィルをエスコートして立つと、一斉にこちらを向いたカメラに彼は怯んだ。 その腰を抱いて、「カメラマン達、僕が誰かなんてわかってないんだ」と囁くと、彼はフフッと笑い、僕も笑顔を作ったタイミングでバチバチとフラッシュを浴びた。 キリがいい所でウィルの手を取って脇に捌(は)けると、彼はクスクス肩を揺らしてスマホを覗いた。 《あれでよかった?》 「最高だった」 《きみ、すごいカッコつけてた》 「君は主演俳優みたいだったよ」 《楽しくなった》 「よかった…でも残念ながら、記事とかには掲載されないと思う」 『そうなの?』 「たぶんね、ゲッティ※には数枚載るかもだけど」(※写真サイト) 《またやりたい》 「また招待できるように頑張る」 『うん』と、まだクスクスしてる彼を、そろそろホテルの部屋に誘おうと思った時だ。 突然。後ろから「ノーマン」と呼ばれて胸の内で舌打ちしたのは、声の主が元カノのブライスだとわかったからだ。 「…やぁ、ブライス」 振り返り、僕に伸びるハグの腕をかわしてウィルの腰に手を回すと、「つれないね」と僕に露骨な色目を流したブライスは、ウィルを興味深そうに眺めた。 「何か用?」と聞くと、彼女は「せっかく絶賛記事を書いてあげようと思ったのに」と眉を吊り上げた。 「ウィル、こちらはブライスさん、プレイ・タイムズ誌のライターだ」 「初めましてウィルさん、私はブライス、ライターじゃなくてジャーナリストです」 僅かに媚びを含んだ声で自己紹介をしたブライスに、ウィルが『初めまして』と笑顔を返すと、彼女は怪訝な顔をした。 「あぁブライス、ウィルは喋ることができないんだ」 「…ああ、そうなの」 わざとらしい笑顔を作った彼女は、ウィルに値踏みするような目を投げた。 恐らく僕らのフォトシュートを見ていたブライスは、僕らの関係を確認しにやってきたのだろう。美しい彼女は勝ち気な自信家で、欲望に忠実なタイプだが、それゆえに、まだ僕に未練があるらしいのが厄介だった。 「あなた達のこと、興味ある…聞いてもいい?」 僕を見る目が、タイプが変わったのね、と探りを入れたがっている。 「記事にするつもり?」 「おもしろければ」 意味深な上目遣いが、腹立たしい。 ウィルとの関係を隠し立てする気は一切なかったが、彼女の厚かましさは鼻についた。 「今回の芝居に関係してることはないよ…まぁ、なくはないけどーーー」 「あるんだ、ぜひ知りたい」 「話の内容にもプロダクト自体にも関係ないし、個人的なことだから遠慮してくれる?」 「そう…彼は何をしてる方?」 まるで、“ウィルがそこにいない”か、“彼なんか見えていない”ように僕を覗く彼女に、イラっとした。 「彼に聞いたらいい」 「そう…ウィルさんは何をされてる方ですか?」 ふてぶてしく微笑んだ彼女は、遠慮なくウィルに距離を詰めた。 『…!』 ウィルは面食らったが、すぐに人のいい笑みを取り繕うと、筆談のために懐から小さなメモ帳とペンを取り出して書き始めた。 ブライスは、ウィルが筆談の準備を取り出した時点で軽く眉をひそめたが、ウィルがゆっくり書いている間、急いでくれないかとでも言いたげに首を傾(かし)げた。 メモ帳は小さく、覗き込んだブライスの肩越しに見ると、こうあった。 《カフェ経営をしています》 「…そう、素敵ですね」 ブライスの形式的な回答に完璧な笑顔を返して、ウィルはまた、丁寧に書いた。 《ノーマンの言う通り、特にお話することはありません、彼とはお付き合いをしていますが、彼の仕事に僕は無関係です》 それを読んだブライスは、つまらなそうに眉を上げて、言った。 「あなたは、ノーマンの何か…助けになっているの?」 『………』 ぽかんとしたウィルの顔が僅かに曇って、彼らの間に割って入った。 「それは僕が答える、君には関係ない、ブライス」 「…そう、それじゃーーー」 「申し訳ないけど、疲れてるから失礼するよ」 ウィルの腰を押してブライスに背を向けたが、食い下がってきそうな彼女が予想できて、振り返った。 「今日のレビュー、お手柔らかに頼むよ、それと、芝居の取材ならいくらでも受けるから、後日アポ入れて!」 苦々しく僕を睨むブライスから離れて、俯いたウィルを壁際のテーブルに促した。 「彼女のこと、弁解の余地がない、本当にごめん…」 ウイスキーのグラスを渡しても、彼は俯いたままだった。 「…部屋、行こう」 『…うん』 悲しく強張った顔を上げて、無理に笑う彼を見た時だ。 ようやく、『人付き合いが好きじゃない』と言うウィルを、あまりにも軽く考えすぎていたのかもしれないと気づいた僕は、酷く胸が傷んだ。 会場を出ようとすると、また誰かに声をかけられたが、見れば、興行主と劇場の責任者とスポンサーの関係者が揃っていて、とても無視するわけにはいかなかった。 「本当にごめん、先に行っててくれる?」とウィルを覗くと、また俯いた彼は、僕から離れた。 人混みに消えていくウィルの姿を追えなくなった僕は、振り返って笑顔を作った。

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