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エピローグ
それから、2週間後。
ロンドンの家の整理を終えた僕は、オックスフォードに引っ越した。
家はまだ探し中だが、《決めるまでいていい》といさせてくれるウィルのお陰で、『HILLOCK』での快適な日々を過ごしている。
ロンドンでの公演はまだ続いているが、現地の顔出しは必要最低限の用件に限れば、ここを拠点にしても十分に対応できている。そして、今後は、ロンドンでの仕事は規模が大きいものに絞り、オックスフォードと周辺エリアの演劇コミュニティでの活動を視野に入れている。
引き続きでもないが、執筆仕事があってもなくても、僕の愛する店をオフィス代わりにしている。もちろん、客としてちゃんと代金を払っているが、先日、たまたま満席で待ちの客が出た際、ウィルに《空くまで上に行ってくれる?》と上目で頼まれて、喜んで席を空けた。それは、かわいく甘える恋人に抗う理由がないからだが、何より、彼が身内扱いしてくれるのが嬉しかった。
こうして、ウィルと暮らしてみると、平日は、仕事の合間に雑用や家事をこなし、店を手伝ったり、ピースの世話やガーデンの手入れをしていれば、案外暇がなかった。
休日は、彼と買い出しに出かけたり、ドライブで遠出をしたり、街に出て映画や芝居を観たり、ショッピングの後にパブで遅くまで飲んでいたりするとやっぱり暇がなく、なかなか、僕の家を探しに行けずにいた。
そして。
今週の土曜はいつもの買い出しのついでにピースのキャットタワーを買いに行き、それを組み立てて半日が終わった翌日の今日。夕方からアルバイトの3人を呼んで、テラスの前のガーデンでバーベキューをして過ごしていた。
「来週末はそろそろ家を探しに行こうと思う」とウィルに言うと、《来週末は君の芝居を観にロンドンに行きたいんだけど、一緒に行ってくれるでしょ?》と笑う彼は、どうやら、このまま永遠に僕の一人住まいを阻止したいらしい。
「そっか…じゃあ、結婚しよっか」
ぽかんとしたウィルは、トングで掴んだソーセージをバーベキューの網に落とした。
「…どうしたの?」
覗いた僕を驚愕の顔で見つめたまま、彼は、綺麗な唇を震わせるだけで何も言わない。
「え?マジすか」とティム。
「ノーマン、それって…」とリン。
慌てたラナは、「焦げちゃう」とウィルの手から取ったトングでソーセージを皿に盛った。
「え、何ーーー」
「今、プロポーズしたんすよね?」とティム。
ガーリックチキンを網に並べながら、「もしかして、今初めて言ったんですか?」とラナ。
「まあそうーーー」
「素敵だけど…私ならデートとか二人きりの時に、そういう雰囲気になったら言ってほしいな〜、ベタだけど」とリン。
「そういうの、大切にしなきゃですよね…え、待ってください、結構スピード婚じゃないですか??わー、嬉しい、私、親戚以外のお式に出るの初めてです!」
ラナがウキウキと話している間に、ウィルの目にみるみる涙が溜まって、あっと思った時には、彼は店の中に入ってしまった。
「…ミスったかな」
「まずったすね」とティム。
「ノーマンて時々ほんとに作家か疑わしくなる」とリン。
「ウィルの前だと結構ポンコツ出ますね」とラナ。
「早く行ってください、片付けとくんで」とティム。
「ごめんねナイトだね」とリン。
「はい」とラナがくれたソーセージとチキンの皿とビール瓶を持って、僕は、慌ててウィルを追った。
そして、この後。
涙目で拗ねてる恋人に30分謝り倒して、アロマキャンドルを灯した風呂で2時間かけて愛を囁いた。それから、改めて結婚を申し込むと、最愛の人は、『信じられない、嬉しい』とぼろぼろ涙を零(こぼ)して、30分は彼の感動を聞いていた。
それから、ベッドで2時間はたっぷり甘やかして、めちゃくちゃに愛した後で。夜が明けるまで、「結婚したら猫を増やそう」とか、「犬もどう?」とか、バカンスや旅行先の提案なんかのピロートークで愛する人を涙目にさせて、日が昇る頃、彼を抱いて幸せな眠りに落ちた。
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