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* * *
ドアを開けると、ベッドの二人が血に塗(まみ)れていた。
『そういうプレイだ』と馬鹿げた考えが頭をよぎったのが0.05秒。次の瞬間には銃を抜き、裂けた首から血を吹き上げる雇い主にまたがる情夫に銃口を向けていた。
そのまま引き金を引かなかったのは、情夫がこちらに手のひらを向けていたからじゃない。裸の男は丸腰で、枕の下に忍ばせてあるはずの銃を抜くまでに制圧できる確信はある。
噴水のような返り血を浴びながら、情夫は恍惚の表情(かお)で腰をゆっくり振り続けている。
「どういうつもりだ?」
問いかけると、照準の先で血濡れた顔が俺を見据え、白い歯がにっと笑った。
* * *
雇い主であるギャング、“バッド・ウルフ”のボスのシーザーが、ネロという情夫を飼い始めたのは約1年ほど前のことだった。
シーザーのナイトクラブでストリップをしていたその男は、シーザーに見初められる1ヶ月ほど前に雇われた。
20代の半ばらしいが実のところは不明で、幼さの残る中性的な顔立ちや大きな目はふとした時に異様に艶っぽく、ブラウンの巻き毛と適度に脂肪が覆う滑らかな体は妙に蠱惑的で、見る者の下卑た欲求をくすぐる妖艶さがあった。それでいて、男に媚びるためにわざとらしく女っぽくも、女に媚びるためにあからさまにオスを主張するわけでもない男は、かえって人々の目を惹いた。
そして、瞬く間にトップキャストになった男はVIPの接客をするようになると、初めてシーザーの横についてフェラをした夜、そのまま召し抱えられる形で情夫になった。
当初、ネロはただの情夫だった。シーザーの別宅のマンションに自室を与えられた彼は、夜になるとシーザーの寝室で奉仕して、終われば自室に戻った。
彼の昼は自由だったが、シーザーの警護を請け負う俺は、その頃のシーザーとの情事以外のネロの行動はほとんど知らない。
朝や夕にたまに見かけた彼は、Tシャツにライダースを羽織り、ダメージドのタイトなジーンズに鉄板入りのブーツを履いて、チャラチャラしたパンク野郎みたいな格好で、気ままに遊び回っているようだった。
そして1ヶ月もすると、ナイトクラブで成り上がったように、ネロはすぐさまシーザーのペットから最上級の寵愛を受ける情夫に成り代わった。
ネロは、人に取り入るのがうまかった。うまいどころか、天賦の才というやつだろう。用心深いシーザーの警戒を自然と解かせ、砂に染み込む水のように懐に潜り込んだネロは、2ヶ月もするとシーザーのオフィスに出入りするようになり、3ヶ月もすると金をかけたスーツに身を包み、いっぱしのビジネスマンの顔をしてシーザーの仕事にたびたび随行するようになった。そして、4ヶ月もすれば俺より近い所でシーザーに侍るようになり、5ヶ月後には重要なビジネスの席にすら同席するようになると、半年が過ぎる頃には、俺のように常にシーザーの側に控えるようになっていた。
当然、ビジネスの権限は一切なくとも、傍目には組織のNo.2に見えるネロを面白く思わない者は多かった。実際、どういうわけか、単にアホなのか、ネロは意識的にそう振る舞っていて、シーザーの腹心である5幹部を軽んじるような場もたびたびあった。
ある日、業を煮やした幹部の一人がシーザーに苦言を呈したことがある。それは、「ネロが目障りだ」という旨の子供っぽく感情的な訴えだったが、彼を含めた幹部達の総意であることは明らかだった。
これに対し、シーザーは俺に目を向け、俺はその幹部を撃ち殺した。
それ以来、組織においてネロの存在は不可侵となり、ますますネロを寵愛するシーザーに、ネロを理由に楯突く者は誰もいなくなった。
そして、今夜。
いつものようにシーザーとネロの情事を眺めていた俺が、トイレに立ったほんの数分の間。
寝室に戻ると、ネロが、シーザーを殺していた。
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