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「え、いや、何言っ――」  至近距離でまっすぐとこちらを見つめる澄んだ水色の瞳に、返す言葉がふっと途切れた。  エヴァン・スウィフト。名前から察せられるように、彼は日本人ではない。事前に一条から聞いていた情報によると、アイルランド出身の留学生だそうだ。  かっきりと弧を描く形のいい眉。対象的に、どこか甘い印象を漂わせる、掘り深い尻下がりの二重瞼。顔の中心に位置する鼻筋はすっと高く、色素の薄い瞳や肌の色も相まって、彩度の高い唇の朱は目にも鮮やかだ。  髪はさっき見たギャランドゥと同じ明るめのブラウン。ゆるくウェーブがかっているのは恐らく天然だろうが、それによって生じる光の差で、一部キラキラと輝く毛が金色にも見える。  耳より少し下くらいの長めのヘアスタイルは、性別という枠にとらわれない中性的な魅力を多分に醸し出しており、彼の美しさをより明確なものとしていた。  そんな類稀に見る美形を突然目の前に突き出されて、動揺するなというほうが無理のある話である。息を呑んで言葉を詰まらせる朔実に、何を意図してかエヴァンはにっこりと目元を和らげて微笑んだ。  きりっとした眉が柔らかく垂れ下がり、天使のように可愛らしいその笑顔に心臓が脈打つ。直後、すうっと這うように撫でられる感覚を体の中心に覚えて、驚きに肩が跳ね上がった。 「あっ」  思いがけず、手に持っていた紙袋を床へと取り落としてしまう。せっかく祖父母が送ってくれたものなのにと、慌てて伸ばした腕をばっと掴まれた。 「ちょっと……っ」 「俺、ゲイなんだ。でも、ゲイじゃない男でも、俺とならシたいってやつがたくさんいる。朔実なら、そうだな……一回、なんと五千円で相手してあげてもいいよ」  言いながら、エヴァンは蠱惑的な笑みを浮かべて朔実の股間を撫でる。 「なっ、きみ、何言ってっ――」 「他のみんなは、オプション無しで三万円からなんだ。ね、すっごくおトクでしょ?」  上目遣いで尋ねられ、朔実は何も言えなかった。ただただ信じられない気持ちで、エヴァンを見返すことしかできない。 「……朔実には悪いけど、俺、これからも部屋に男連れ込むのやめないよ。盗撮とかされるのは嫌だから、ヤッてる最中は今日みたいに部屋を出てもらうことになる。だからその分、朔実にはサービスしてあげるって言ってるんだ。男が初めてでよさがわからないっていうなら、特別に初回だけタダにしてあげてもいい。オプションのフェラも、なんと無料でつけてあげるよ。――ね、悪い話じゃないでしょう?」  見せつけるように下唇を舐めたエヴァンの顔が、すっと股間に寄せられる。続けざま伸びてきた手にズボンのファスナーを引き下ろされそうになって、朔実は反射的にその体を突き飛ばしていた。 「っ――!」  ――しまった……!  咄嗟にそう思ったときには、エヴァンはベッドに手をついて、狼狽えたようにこちらを見上げていた。  瞬間、湧き上がった罪悪感に朔実は慌てて謝罪する。 「ご、ごめん……っ、大丈夫だったっ?」  いくら驚いたからといって、人に手を上げるなんて最低だ。それも、素っ裸で服も身に纏っていないような無防備な相手に対して……  キッと、エヴァンが目つきを鋭くしてこちらを睨みつけた。怯んだ朔実を無視して、そのままふいっと顔を背けてしまう。  ――ど、どうしよう……。  完全に機嫌を損ねてしまったらしいその態度に、朔実は困惑して視線を彷徨わせた。  ふと目に止まった、無残にも床に転がってしまった菓子折りの有様に、抱いていた罪悪感がさっと消え失せる。 「……」  腰を屈め、少し飛び出してしまっていた栗きんとんの箱をそっと紙袋に戻して、朔実は自らのベッドのそばへと撤退した。  新しく一緒に生活する子と仲良くなれるようにと、菓子折りとともに同封されていた祖父母からの応援メッセージを思い出して、何とも言えない切なさが込み上げる。  ぎゅっと下唇を噛み、朔実は背後を振り返った。  ベッドの上、三角座りした膝に顔を埋めて動かなくなってしまったエヴァンを一瞥して、足早に部屋を後にした。

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