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プロローグ 神の断罪

  心臓が跳ねる音が止む瞬間。 肉が命を失い、ただの塊になる瞬間。 あれほど興奮するものはない。 昔は憎しみに任せて何度もナイフを突き刺していたが、それにも飽きた。 今はただ、頸動脈を一閃する。 無駄のない、美しい儀式だ。 今日の修道士は――いや、欲望に忠実な豚は、村人から募金と称して金を巻き上げ、陰で酒と女に溺れる醜いやつだった。 そんなやつらを神の名のもとに「制裁」を与えている。 裁きを下す俺は、あいつらよりよほど神らしいだろう? ……そうだろう、なあ? 真新しい鮮血が床に広がり、腰に巻かれた白い祈布(きふ)がじわりと赤く染まっていく。 それは、修道士だけが身につけることを許された――純潔の象徴。 その布が血に染まるたび、「豚」がどんどん(けが)れていくようで、見ていて清々しい。 「ははははっ!」 ――そんなもので、守られるとでも思ったか? 神なんか、どこにもいない。 信じるべきは己の力だけ。 この身こそが、神なのだ。 俺が孤児だった時、教会の人間は誰も助けてくれなかった。 温かいスープもパンも、寝る所すらも与えられなかった。 修道士は皆、己の欲望を満たすために善人面をするだけで、俺たち孤児を奴隷のように働かせていた。 ――そんなやつらを地獄に送って、何が悪い? ユム、クルム、ルータ……いずれの村の修道士たちを「掃除」してやった。 自分なら、祝い金まで出して褒めてやるだろう。 ほら、と言わんばかりに、部屋の隅から金貨がざらざらと出てきた。 次の制裁は――リーヴェ村。 そういえば、リーヴェ村には免罪符という特殊な力を持った「神官」がいると聞いた。 村人に評判がいいというが……鼻につく。 修道士より位が高いからといって、神への信仰が厚いとは限らない。 むしろ、こいつらよりもっと酒池肉林の生活を送っているに違いない。 ……まあ、特殊な力を持とうが、評判が良かろうが、俺には関係ない。 そばにあった手ぬぐいでナイフの血を拭き取ると、そのへんに投げ捨てた。 ただ裁きを下すのみ。 血を、贖罪(しょくざい)を、魂を喰らうまで。 (ゆる)しも罰も、すべてこの手にある。 それが――(おれ)の裁きだ。 教会を出ると、俺は暗闇に紛れた。

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