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第七章 愛という名の赦し 13 ⭐

「ひぃあああああっ! ご主人様ぁっ! やっ……いやぁっ……ダメっ……!」 「嘘つけ、中どろどろで、俺を待ってたくせに……」 「へううっ……ご、ご主人様ぁっ……」  身体の疼きが消え、代わりに甘い波が下腹を撫でていく。  それは、抗えないほど優しい快感だった。    両手はユリセスに抑えつけられ、逃げることも赦されない。    ――もう何も考えられない。   「ご、ご主人しゃ……ま……ゆるして……ゆるひ……てぇ」 「俺じゃなくて、あっちに言えよ」  ユリセスの指がアドニスの顎を持ち上げる。    視界にセレア像が映る。  天上から見下ろす目。  汚れきったアドニスを、赦さない神の眼差しだった。 「ひいぃぃぃ……!」  身体が思わず仰け反る。  その度に、ユリセスに頭を押さえつけられた。 「ほら、ちゃんと見て。懺悔してよ」 「えう……あうぅ……」  言葉にならない。  声が出せないまま、ただ胸の奥で何かが軋む。  まだ、アドニスの中で「理性」が拒んでいた。   「まだ、言わないの?」  痺れを切らして、ユリセスが抽挿を始めた。    中を抉るような腰使いが、簡単にアドニスの身体に馴染んでいく。 「あっ……! ああっ! ダメっ! ダメぇ……」    ユリセスのリズムに合わせて腰が勝手に動く。  だらりと舌を垂らして、アドニスは恍惚の表情を浮かべた。  ずっと欲しかった熱。  張形で満足できなかった奥が、掻き回されてひくひくと悦んでいる。 「ああっ……! ご主人様ぁっ……! そこ擦ってぇ……!」  快楽の波に呑まれながらも、心の奥で懺悔の言葉がこぼれ落ちる。  ――ああ……セレア様……。僕はこんなにも穢れてしまいました……。 「あひぃっ! そこっ! そこぉっ……!」    ユリセスは容赦なく突き上げてきた。  すべてを、何もかもを手放してしまいそうになる。  (わず)かに残っていた、信仰心、神への忠誠がどんどん削れていく。  ……セレア様の名前は、もう頭に浮かばなかった。  代わりに震えながら呼んだのは――「ご主人様」だけだった。 「あううっ! そ、そこっ……! 気持ちいぃぃ……!」 「ほら、神に背いた言葉を、聞かせて?」  ユリセスは抽挿をやめた。  その瞬間、何かを奪われたように、アドニスの全身から熱が引いた。  喉が詰まりそうな焦りが、心臓をギュウッと締めつける。  ドクンドクンと鳴る音が、耳の奥で響いた。    ――急かされている。  神官としての最後の一線を、自分の口で越えるのを。  人を辞める瞬間を、ユリセスが待っている。   「ご……ご主人様……動いて……くださ……」 「嫌って言ったじゃん」 「ふうううっ!」  先端が、また秘肉の弱点から遠のいた。  じれったい疼きだけが、奥でじわじわと広がっていく。 「言わないの?」 「そ、それは……」 「じゃあ、やめる」  その一言が、身体の奥で、何かをゆっくりと壊した。  視界が滲む。  信じていたものが、剥がれるように視界の奥で崩れていく。  音もなく、それは静かに、落ちていった。  見上げたセレア像の目が、どこか遠くに感じた。  ――セレア様……こんな快感を知ったら……もう抗えないんです……。    視線の先のセレア様が、ただの「像」に見えてきた。  自身に巻き付かれたフェルメンも、もはやただの「アクセサリー」にしか過ぎなかった。  ――セレア様……ごめんなさい……。 「……懺悔します……僕は……神様を捨てて……ご主人様の……犬になりました……あひぃっ!」  肉を諭すように、ねっとりとした抽挿が始まった。  欲しい場所には触れず、わざと外して撫でるような動きに、吐息が漏れる。 「おっ……おおっ……こんなに……はぁっ……淫らな……あっ……身体になって……ごっ……ごめんなさ……あっ……!」 「それで?」 「ひいっ……! あっ……ああっ……や、やめます……神官をぉ……やめますっ! あああっ!」  まだ、当ててくれない。  必死に身体をよじっても、ユリセスに腰を掴まれて自由にならない。 「神様より……何が大事なの?」 「えううっ……チンポ……ご主人様の……チンポぉ……」 「いいの? 神様の前でそんな、はしたないこと言って」  まだ、まだくれない。  触れて欲しい場所には、どこにも届かない。  もどかしさが身体の芯で膨れ上がり、思考を焼き尽くしていく。  欲しい。  それだけが脳の中でぐるぐると回り続け、ほかの言葉を追い出していく。  熱と涙と喘ぎが混ざって、もう何もわからない。  喉の奥から漏れる声は、ただの嗚咽でも、喘ぎでもなかった。  もはや懇願か発作かも判別できない、壊れかけの音。  なのに、ユリセスはまだ赦してくれない。  責めるように、焦らすように、熱を寸前で止め続ける。  そのたびに、胸の奥にしがみついていた最後の理性が、じわじわと、削られていく――    そして、  それは音もなく、ぷつりと切れた。 「ご、ご主人様ぁっ……! チンポっ……チンポ……欲しいの……くださいっ……免罪符……くださいぃっ……!」 「かわいい……アドニス……もっと狂っていいんだよ……」 「ふああっ! 欲しいっ! チンポ欲しいよぉっ! ご主人様ぁっ!」 「ふふ……俺だけを見て……もっと欲しがって……」  ユリセスは静かに、そして優しく、耳元で囁いた。 「アドニス……愛してるよ……」    突然、目の前がキラキラと輝き出す。  その眩しさとは裏腹に、心は――幸福という名の黒に、ゆっくりと染め上げられていった。    村人? 神? 信仰?  ――すべて、どうでもいい。  この世にただ一つ。  ユリセスがそばにいてくれたら、それでいい……。  神に与えられた居場所も、使命も、記憶すらも――すべて、ユリセスの声の中に溶けていった。  心に微かに残っていた人の欠片。  それが静かに砕けて、(ちり)になった。 「ご……ご主人様……愛してます……もう……ご主人様だけ……ご主人様がいてくれたら……何もいりません……」 「神はどうしたの?」 「僕の神様は……ご主人様です……」  ユリセスの口端が吊り上がる。 「アドニス……愛してるって言って……俺を愛してるって……」 「ご主人様ぁ……愛してるぅ……」  ユリセスはアドニスの片足を肩に乗せると、思い切り奥まで突き上げた。 「ひいいいぃぃいっ!」  やっと、欲しかったところに来た。  想像以上の快感が背筋を駆け巡り、脳髄の中まで刺激する。 「あへっ……へへっ……ご主人様ぁ……愛してるぅ……愛してるぅ……」  アドニスはもう壊れていた。  快感を(むさぼ)る、ただの獣と化していた。  ――へへっ……もういいや。ご主人様のそばにいられるのなら……。神なんて……どうでもいい……。 「おおおっ……! ご主人様ぁっ……! そこぉっ……あっ……あっ……すごいぃ……奥ぅ……ぐちゃぐちゃぁ……」 「ふふっ……かわいいアドニス……俺の……俺だけの……」 「へうぅっ……とろけりゅ……当たってるぅ……頭……とけるぅ……とけりゅのぉっ……」  呂律が回らない。  口からこぼれるのは、ただの快楽と喘ぎ。  言葉なんて、もうどうでもよかった。  ――もっと、もっと、狂いたい。気持ちいいことして、おかしくなりたい。 「ご主人様ぁ……精子欲しいぃ……かけてぇ……奥に……かけてぇ……」 「こら……犬が駄々こねるな」 「えうっ……かけてぇ……真っ白になりたいぃ……ご主人様の……種ぇ……あっ……ああっ……孕みたいよぉ……」 「ふふっ……そんなにスケベになって……どうするの?」  耳元でユリセスの声がする。  顔を上げると、熱い唇が押し当てられた。  ――幸せだった。  心も身体もすべて「神」に赦されている。 「くださっ……免罪符ぅ……くだしゃいぃ……」 「あげるよ……中、どろどろに溶かして……真っ白にしてあげる……」 「ひゃうぅっ! ご主人様ぁ……溶かしてぇっ……ううっ……僕の……僕の中……ご主人様のものにしてぇっ……!」  抽挿が激しくなる。  目の前が、音に合わせてパンパンと弾け出す。  動くたび、フェルメンがチャリ…チャリ…と微かに鳴った。  その音が、皮膚ではなく、心の奥にまで触れてくるようで――。  心の隅で(うずくま)っていた、わずかな欠片が最後の言葉を告げた。    ――神様、許して。 「いくよ……出すよアドニス……」 「来てっ……! 来てぇっ……!」  怒張が膨張した瞬間、一気に爆ぜた。  同時に、ユリセスはフェルメンを剥ぎとった。   「ひゃぅぅうううう!」  床にビシャッと勢いよく、白濁液が飛んだ。  アドニスの中にユリセスの白濁がドクドクと染み込んでいく。 「あうう……溶けてるぅ……中で……真っ白に……溶けてるぅ……」 「アドニス……俺の……俺だけのアドニス……」  ユリセスに顎を掴まれて、熱い口づけを交わす。  そのまま舌が潜り込んできて、アドニスも応えるように舌を這わせた。 「へうっ……えっ……あうぅ……」 「愛してるよ……もう離さない……」  ユリセスの誓いが、頭の中に溶けていく。 「ご主人様……僕の……全部を……あげます……」  自分からキスをした。  それは、神官として最後の祈り。  そして、ご主人様への――甘美な忠誠だった。  ふと、ユリセスの手に目を落とす。  そこに刻まれた傷跡に、アドニスはそっと触れた。  けれど、免罪符の力を使わなかった。    神が許さなくても構わない。  ――僕が(あなた)を赦すから。 「……愛してる」  どちらの口から漏れたのか、もう分からなかった。  人を殺め、騎士という名を捨てたユリセス。  罪を愛し、神官という名を捨てたアドニス。  神に背いた二人は、罪と熱に染まった身体を静かに絡ませ合った。  赦されぬ罪を抱えながら、互いの肌のぬくもりにすがる。  それだけが、ふたりに残された救いだった。  指が絡み、唇が触れ、吐息が混ざり合って――底に沈んでいく。  ――神に赦されずとも、あなたに赦されれば、それでいい。  最後に残ったのは、白く染まったフェルメンだけだった。 Fin.

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