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第3話

 両親が離婚をしたは、蝉の鳴き声がやけにうるさく感じた夏。  当時、7つになる時也は母と共に数えられないほどの電車とバスを乗り換えて、キツネとたぬきと老人が半々に住んでいるような土地に連れてこられた。  ここが母の生まれ故郷らしい。  これまで目が回るほどの人が多い都会暮らしをしていたものだから、誰もいない田園風景が異世界のように感じた。  祖父はすでに他界していて、母の生家には祖母だけだ。  長旅疲れただろう。祖母は労いの言葉を母子にかけながら、大ぶりのスイカを出してくれた。  時也は口の端から汁を垂らしながら夢中でスイカを食べるが、母は出されたスイカに手をつけず一方的な話を祖母にしていた。 「それでも、子供には母親がいないといかんのよ」  祖母の語句がすこぶる強くなる。  あぁ、俺は今日ここに捨てられるのか。子供らしくない冷めた頭で理解した。  そこから、どれほど経ったのか。長きに渡る祖母の説得も虚しく、母は当初の予定通り時也をその場に残して再び都心へと帰っていった。  去り際に母は時也に、何か言っていたような気もするが覚えていない。  それよりも、夕陽に浮かぶ母の細くて小さな後ろ姿が印象的だった。  それからしばらくして、風の噂で母が新しい家庭を持ったことを知ったが、特に思うところは無かった。  とうに母への愛情に冷めている。  元々、親らしいことをしてくれなかった両親であったし、母より祖母の方がずっと好きだったのもあるだろう。  村から出る唯一の交通手段であるバスは一時間に一本。残るは車か自転車しかない。  田園畑が広がるだけの娯楽の乏しい土地では若者が少なく、近所の人たちも年寄りが多かった。  数少ない学友達は皆、進学を機にこの村を出て都会を夢見て語るのを横目に時也だけは、この村にずっと居続けるつもりだった。  余所者である時也を嫌がることなく、村全体で手塩にかけてめんどうを見てくれた。  そのおかげで、時也は性根が曲がる事なく真っ直ぐ育つ事が出来たのだ。  この村に確かな恩があるし、過疎化がどんどんと進む中、時也のような若者が一人いるだけで助かる場面が多くあるだろう。  何より都会は両親との生活を思い出して、あまりいい印象がない。  一時的にとはいえ、都会に住んでいた時也を同学年は羨ましがるが、その度に心境は複雑なものだった。  そんな自分の人生に少々味気なさを感じたことも、勿論ある。  思春期真っ只中というのもあり学校をサボって、喧嘩に明け暮れ、制服を着崩したり髪を金色にしたりと色々したが、許容の範囲だろう。  すぐに軌道修正できる程度の時也の人生設計が少しづつ狂い始めたのは、カセンコと名乗る女霊媒師が数人の信者達を引き連れて、村に訪れてからのことだった。 「あなた方の祖先が犯した罪により、この地には平将門様のご子息である将国様が眠っております」  何十年も修行を積み、霊力を極限まで高めた私だからこそわかるのだと、声高々と高説しているが、五十代後半のどこにでもいる品の良い婦人にしか見えなかった。 「その罪とは、平将門のご子息である将国を含めた臣下達を皆殺したことです」  日本三大怨霊の一人として数えられている平将門。  正義感の強い平将門は朝廷によって苦しめられている民を救うべく挙兵して戦ったが、やむなく命を落とし、晒し首となるが、怨念の力によって故郷に向かって首が飛んでいったという言い伝えがある武人だと、後になって時也は知る。  息子である将国はというと、戦で父が討死をするや否や、大叔父に連れられて逃げ延びたものの行方知れず。言い伝えによるとこの村の住人達の手で無惨に殺されたらしい。 「我々はその将国様を祭りあげ、神格化した力によって人々を救済へと導こうと思っております」  その話を聞いた時也は馬鹿馬鹿しいと鼻で笑ったが、平将門の息子である将国をこの村の祖先達が殺したところまでは事実だったらしい。 「あくまでも古い伝承だから、祟りもあったとか、なかったとか。全部、眉唾だけどね」  まだ十歳の子供だったらしいわよ。可哀想にね。  祖母は痛ましそうに口にした後、小学校の裏手の山に将国の墓だと言われている墓がある事も教えてくれた。  その話だけで、時也はピンと来るものがあった。  その山は幼い頃に遊び場にしていたし、名前も書かれていないのに毎日誰かしらの手入れがされている墓石に、不気味な印象を覚えていた。  それからしばらくして、カセンコはその将国が眠る墓石付近に拠点を構えて、救済の家と命名した家を怪しげな施設を建てた。  それっきり、カセンコを含めた信者達は村との交流を絶った。  なんだか気味が悪い集団が居座ってしまったと住人達は思いながら、自分達の祖先が犯した事に後ろ暗い想いもあってか。カセンコ達のやる事に表立って、批判する者は村にはいなかった。  時也自身、変なヤツらが来たと思うだけで、数日でその存在を忘れていた。  しかし、その風向きが変わり始めたのは、時也が高校生になった頃。  前代未聞の新型ウイルスが、村全体を恐怖のどん底に落としたのだ。  

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