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第5話

「つまりだ。俺はご先祖様の達のせいで、あんたの供物にされてここにいる」   怨みがましい声で時也が吐くが、将国の顔は平素を崩さない。  近くの岩場に腰を掛けて、どっしりと腰を下ろして話を聞く将国は極めて冷静だった。  「なるほど、私を殺した村の子孫でしたか。随分と貧窮した村でしたしね。我々が落武者だと知るや否や、酒で酔いつぶして金品を奪い。大叔父を含めた私や家臣達を皆殺しにた子孫ですから、それくらいは平気でするでしょう」  そもそも呪っていたのも数百年前までの話だと、将国は極めて冷淡な口調で話した。 「やっぱり、呪ってたのかよ」 「呪いましたね。自覚はありませんでしたが」  それがどうしたと言わんばかりの態度である。  時也にとって恩を受けた村でも、将国にすれば自分を殺した村人達でしかないのだから当然だろう。 「じゃあ、ここ最近村で起こった災害はお前のせいじゃねぇんだな」 「期待に添えぬようで申し訳ありませんが。私は何もしておりません」  全ては天命だったのだろう。無情に言い切った将国の表情は、ゆっくりと慈愛に満ちた色に変わった。 「それにしても、酷い目に遭いましたね」  その言葉に一瞬、時也の息が詰まった。  先ほどの声から一変して、不思議と温かみをじんわりと感じだからだ。  ぽかんっと時也が惚けているうちに、将国くすりと時也に向かって微笑んだ。  「しかし、丈夫な男ですね。世が世なら、我が家に召し抱えていたのに」  何の打算もない。将国の真っ直ぐな褒め言葉に、恥ずかしいやら嬉しいやら、カッと腹の底から湧き上がるむず痒さを時也は感じた。 「お、俺は別に……大したことはしてねぇよ」 「謙遜するところでもないでしょうに、お主のような気骨な若者には長生きして欲しかった」  ため息混じりに将国はやれやれと肩をすくめるが、その瞳の奥にはごおごおと燃える炎が灯っている事に気づいた。  もしかして、怒ってるのか?  会ったばかりの俺のために?  途端、時也の喉元に塩っ辛い熱がせり上がる。  そんな二人の様子に埒が開かないと思ったのか、とうとう赤鬼は嘴を挟む。 「将国よぉ。死んじまったらしょうがねぇだろうよ。そんなことより、コイツの今後の身の振りを話し合おうぜ」  聞いた内容から察するに大した罪も犯して無さそうなので、すぐ人の世に生まれ変われるだろう。そう赤鬼が太鼓判を押すと、将国の表情がパッと明るいものになる。 「ですって、良かったですね」  来世ではその丈夫さを遺憾なく発揮してください。なんて、可愛らしく笑う将国に毒気を抜かれた時也は「どーも」と曖昧に答えた。  いっそ、牛若丸と名乗られた方が時也は腑に落ちた。  五条大橋で弁慶と戦った時のような白い着物に身を包む、絶世の美少年。  将国がにこりと微笑むだけで、足元からはいくつもの花々が湧いてくるよう。  未発達な頰はマシュマロのようにふっくらと柔らかで、きっと体のどこを触っても硬い部位などないのだろう。  降ったばかりの雪原のような。どこまでも白い肌に艶々と輝く長い黒髪を後ろで一つに束ねて、将国が動く度に後ろ髪がほろりほろりと揺れ動く。  言い伝えによると享年十歳の平安時代の生まれらしいから、実年齢はかなりのジジイなのは間違いない。  ややアホっぽい身振りや言動が目立つものの、シャンと背筋を伸ばせば品の良さが威厳となって溢れでる。  カセンコの時に感じた品の良さとは、比べ物にならない品位とアダルトな色香が漂う。  そう思ったところで、時也は自分の片頬を殴った。 「時也殿っ如何されましたか!」  突然のことに驚きながらも心配する将国に、時也は乾いた笑みを浮かべた。 「あはは…いや、その…なんでも…」  不意に、ふらりと踏み込んだ扉を開きそうになって、自身を諫めたなんて口が裂けても言えるわけがない。  その時、将国は何かを閃いたらしく「そうだ」と掌をパンっと叩いた。 「時也殿。今から私と共に、桃源郷に行ってはもらえませんか?」 「桃源郷……」   その名は時也でも耳にしたことがあるが、そこがどんな場所なのかは知らない。 「桃源郷は仙人が住むと呼ばれている場所であり、早い話が、天国にある領地の一つだと思ってください」 「そんなところに何の用だよ」 「実は、私が仕えている主君がとある天女に恋慕したので、和歌と共に桃源郷にある仙桃の花を添えて贈りたいので持って参れと仰せつかったのです」 「地獄に住んでる奴が、天女口説いてもいいのかよ?」 「許されないということはありませんよ」  しかし、天国と地獄の距離を考えると数は少ないらしい。  何とも眠たくなるよな呑気で平和な話で、時也は肩の力が一気に抜ける。 「そんなヤツがご主人様で大丈夫なのかよ?」 「(まつりごと)に置いては優秀なお方ですよ」 「そうだとしてもよ。テメーの色ボケを下っ端にやらせるか?」 「やらせますでしょう」  あっけらかんと答える将国に、時也は絶句する。 「嘘だろう。あんた社畜根性すごいな」 「しゃちくとな?」   時也の吐いた。聞き慣れない語彙に将国は顔を顰めた。  そのたどたどしい口の動きと溢れんばかりの純な目の輝きに当てられ、時也の中で本来の意味を伝えることに躊躇いが生じた。 「あーーーと、すげぇ働き者って意味だよ」  出来るだけ意味合いを柔らかく時也が伝えた。 「私が働き者なのかは分かりませんが、雲上人に使える身として、このくらい普通でしょう」 「え?なに、うんじょ……なに?」 「尊い身分の貴人に使う言葉です。まぁ、自分の家の断絶を願いながら、舌を噛みちぎって死んだお方ではありますが。とても穏やかでお優しいお人柄です」 「穏やかさも優しさも、全くこっちに伝わって来ねぇんだけど。何その物騒な自己紹介」  あんた——と言いかけてから、時也は呼び名を改める。 「将国さん。その主君とやらに騙されてねぇ?」  話を聞けば聞くほどに不信感が募り始める時也に対して、将国は笑って大丈夫だと即答する。 「これも修行。仏の道に通ずると思い誠心誠意を尽くすだけです」 「でも、ここ地獄………」 「えぇ、そうですよ。ここは地獄です」  そこで、時也殿に協力していただきたいのです。将国はズイッとにじり寄る。 「もちろん、ただとは申しません。このお役目が完遂したあかつきには、時也殿の今後をお約束しましょう」  人に転生し、再び人生を全うするもよし、天国で悠々自適に暮らすもよし。  特に天国は選りすぐりの善人でなければ、行けない極地。  人の死後の殆どは地獄か、人に転生するのが定石である。 「主人様は地獄にも天国にも顔が広く、私が口聞きをいたしましょう」 「でも、俺は将国さんの生贄だぜ。転生とか天国とか行っていいのか?」  お任せあれ、と胸を叩く将国に時也は曖昧な笑みを浮かべた。 「私が好きな方を選べと言っているのですから、いいんですよ」 「そんなもんか」  天国か、人の世に転生するか。  どちらかを選べる今の時也の立場は、誰が見てもあり得ないほどの幸運に恵まれているのだろう。  が、今はそのどちらかを選ぶことに、躊躇いを覚えて、ついっと顔を背けた。

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