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第8話 事情と純情(3)

 『今日は友達を見学に連れてきました』という体で佐伯から紹介をしてもらったが、光輝も奏汰もそれどころではなかった。  奏汰は部会の間ずっと『余計なこと言うなよ』と目線で圧を与え続け、光輝もボロが出ないよう却って不自然なほど奏汰と目を合わせないように黙り続け余計に奏汰の気を揉ませた。  部会が終わると佐伯からは何かあったの?と聞かれたが、特に何も答えずに佐伯をまいた。その後、光輝は教えてもらった住所を検索して奏汰の家を単独で尋ねた。 「さっきぶり」  奏汰はひと足先に帰宅していて、インターホンを押すと出てきてくれた。 「すみません、突然。俺、何も持ってきてなくて」 「いいよ、そんなの。俺も特におもてなしとかしないし」  確かに突然声をかけてしまったのは悪かったが、奏汰がずっと冷たくて悲しい。そんなに邪険にしなくても、と拗ねた気持ちになる。  奏汰の家は普通のアパートの一階だった。ワンルームのそんなに大きくはない部屋だったが、シンプルでよく片付いていた。部屋のほとんどはでかいセミダブルのベッドに占領されていた。ここでいつも寝ているのか、と思うとドキドキしてしまう。インテリアは白とグレーを基調としていて、ベッドの他にはローテーブル、作業机と椅子、テレビ台とテレビが上手く配置してあった。机の上にはノートパソコン、5本の香水、小さなサボテンが置いてあった。 「じゃあ話聞くわ」  奏汰はベッドとローテーブルの間に置いてある座布団に座った。奏汰から座布団を投げられ、光輝も少し離れたところに正座して座った。  さっきは奏汰を怒らせてしまったが、今度はちゃんと話を聞いてもらおう。自分の思いを伝えたい。光輝は手をぎゅっと握りしめた。 「え、えっと…俺、あの日から浅見さんのことがずっと忘れられなくて…」 「ふーーー」  浅見は光輝の話に被せるように電子タバコを吸って息を吐きだすと、 「君さあ、ちょろいって言われない?」  と言った。 「えっ!」 「ふふ、図星?」  奏汰はおかしそうに笑った。 「……」 「ちょっと優しくしてあげただけでマチアプの男にハマるとか、油断しすぎじゃないかなあ。悪い奴だったら弄ばれてたよ」  半分、呆れたように言われ光輝は恥ずかしくなる。 「そんなこと、」 「じゃあ俺のどこが好きなの?」 「…………優しいところ…」  そういうと、奏汰はやや自嘲気味に笑う。 「ほら、やっぱそうじゃん。君は優しくされたら誰でもホイホイ好きになるんだよ。心に隙ありすぎだよ。そんなんじゃ痛い恋愛しかできないよ」 「…………」  光輝は奏汰が言っていることを否定できなかった。ちょっと優しくされただけで、自分は奏汰に惚れこんでしまったのだ。 「…………俺、親切ではあるけど優しくはないよ」  奏汰は少しだけ沈黙した後に吐き捨てるように言った。 「……」 「悪いけど、見込み違いだよ」  自虐するように言う奏汰に光輝は問う。 「じゃあなんで優しくしてくれたんですか?」 「逆に聞くけど、他人にわざわざ冷たくする理由ある?」  つまり、奏汰は誰にでもあれくらい優しい態度をとるのだ。 「俺は、知らない人にそんなに優しくできないです…」 「そう?君、弱ってたみたいだし可哀想だったから余計にね」 「同情!?」 「同情、かなあ」  奏汰は他人事のように光輝の言葉を繰り返す。 「それだけで……セックスできちゃうんですか…体だけの付き合いは嫌だって言ってたのに…」 「いやだよ。でも、容姿は好みなんだよなあ。もうちょっと筋肉ある方が好きだけど。だからワンチャンあるかなって思って試してみたかったのはほんと。結局ヤレば分かるじゃん。どういう人間かって。まぁ結果、君は俺のタイプじゃなかったんだけど。君は人間不信そうだったし、初体験に良い思い出もなさそうだったし、先輩として良い思い出作ってあげようと思ったの。マチアプも嫌な思い出になっちゃったら、嫌でしょ?」 「な、何それ」  奏汰の言っていることは分からないではなかったし、もっともらしい言い分ではあったが、そんなことで体の関係を結ぶのはある意味異常だと感じた。まだ誰でもいいからヤリたかった、と言われた方が納得ができる。  そもそも自分は同情だったり可哀想だったりするだけで抱いてもらうほど飢えてはいなかった。  奏汰にちゃんと好意を持っていたから試したいと思ったし、奏汰だってそうだと思った。もちろん、自分にそこまで自信がるわけじゃなかった。奏汰が自分を好きになってくれたなんて思ったわけではない。  けれど、奏汰は本当に優しかったのだ。自分のこと、少しは良いって思ってくれたのかな?と思ってしまうくらいには。なんだか違うなと思った時点で止めてくれたら良かったのに、と思った。 「ヤリたかったわけですらなかった、ってことですか?」 「あー、うん。あ、でもちゃんと楽しかったよ。俺だってボランティアで寝るとかしないし」 「どの時点で俺はないなって思いました?」 「うーん、最初にどっちしたい?って聞いた時かなあ。俺、どっちもできるけど、どっちかっていうとウケなんだよね」 「………」  そんな最初の時点で自分はナイと思われていたのだ。ではそこから先は全て、 「人助け感覚で俺とヤッたんですか?」 「うん」  奏汰は当然のように答えた。実際、奏汰にとっては当然のようなことだった。足が悪い人がいたら席を譲る。迷子がいたら交番に届けてあげる。病欠した奴にはノートを。泣いてる友人には理由を聞く。寄り添ってあげる。助けてあげる。自分ができる範囲で。  今回だってそれだけだ。自分の性欲を満たしたかったわけではない。ただ、目の前に傷ついた男の子がいて、抱いて癒してあげたかった。それだけだ。  『だって、そっちの方がいいじゃないか』という行動理念で奏汰は動く。それが不健全な人間関係を構築してしまうことがあっても、奏汰は止めれられないのだ。 「信じられない」  光輝が唖然としたようにつぶやくと、奏汰は心外だとばかりにむっとした表情をした。 「結果君だって泣くほど喜んでたしよくない?何がダメなの?相思相愛の人とセックスするなんてなかなか」  光輝は奏汰の言葉を遮った。 「俺、そんなこと頼んでない!!」  怒鳴り返されると思ってなかったのか、びくっと奏汰の体が揺れた。 「人の…人の気持ちをなんだと思ってんだよ」  奏汰の言い分はよく分かった。けれど奏汰の言っていることもやっていることもただの独善だ。それを奏汰は分かっていない。けれど光輝はそれを上手く言葉にできない。できないからモヤモヤした気持ちばかり生まれてくる。 「分かったようなことばっか言いやがって」  光輝はリュックを掴むとすくっと立ち上がった。そして力いっぱい 「そんなに人助けしたいならウリ専でもしてろ!!ばーーか!!」  と言って走って家から出て行ってしまった。 「口、わっる…」  取り残された奏汰は呆然として呟いた。

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