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第14話 それでも(4)
朝日を見るために佐伯に四時に叩き起こされて光輝は半分寝ぼけながら山小屋を出た。奏汰は朝日は見ないようでまだ眠っていた。男子は大部屋に雑魚寝のように寝ていたが学年ごとに固まって寝ていたため、奏汰とは離れてしまった。光輝は寝付くまでずっと奏汰のことを考えていた。奏汰もそうだったら嬉しい。
小屋を出る時にすみっこで毛布にくるまっている奏汰の背中を発見してキュンとなった。今すぐ隣に潜り込みたい。と光輝は衝動を抑えるのに必死だった。
朝日を眺めているのは一年生と二年生ばかりで三年生は睡眠を優先しているようだった。そんなに険しい山岳地帯にいるわけではないので、昨夜の星空ほどの感動はあまりなかった。けれど山林の合間を縫って黄金に輝く朝日が差し込んでくるのは幻想的だったし、オレンジと紫に染まったパステル画のような空も美しかった。
天文サークルの訪れた山小屋は標高は高くないが少し冷える。インスタントのホットコーヒーが配られると香りと温かさに光輝はほっと息をつく。まだ覚醒しきらない頭の中でぼんやりと奏汰の記憶が蘇ってくる。昨日の奏汰はすごく可愛かった。ハメ撮りまで見せて自分を遠ざけておいて逆に気にしてしまうなんて。
本当に光輝はあの動画を見ても奏汰を嫌になったりしていなかった。むしろ自分も奏汰のあんな顔を見たいと思ってしまった。初対面から感じていた奏汰のスマートで優しくて王子様のような印象とはもちろん違ったが、そんなことで嫌ったりしない。それより、奏汰にセフレがいたのと、そいつと情熱的に(?)抱き合っているということの方が光輝を慄かせた。
奏汰が自身の性癖を気にして自分と付き合えないというのなら、奏汰を満足させてあげられれば付き合えるということじゃなかろうか、と光輝は神聖な朝の光を浴びながら新鮮な空気の中で一人真面目にふしだらなことを考えていた。
8時くらいになるとようやく奏汰たちは起き出した。そこから出立の準備をして山小屋の清掃をして行きと同じく再び車に乗り込んだ。奏汰の車には変わらず助手席に彩乃が座り、後部座席に佐伯と光輝が座った。
光輝と奏汰は挨拶もそこそこに昨日は何ごともなかったかのように振る舞った。一晩経って落ち着きを取り戻したのか、奏汰は本当に何もなかったような顔をしている。それが光輝には若干面白くない。
車に乗り込んでしばらく経った頃、
「どうだった?星」
と佐伯が光輝に感想を求めた。
「悔しいけど……想像よりめちゃくちゃすごかった……」
光輝がやや不満そうに言うと奏汰と彩乃が笑った。入会を拒んでた手前、佐伯の思惑通りの回答をするのは少し癪に障るのだが、意地を張れないほどに昨夜の星空はすごかった。また機会があるなら見てみたいと思うほどに。
「夏休みの合宿も来なよ!まだ締め切ってないよね」
「まだ、締め切ってないよ。もっとちゃんとした宿泊施設で二泊。温泉もあるしバーベキューもするよ。佐伯くんは行くよな?」
「あ、はい、俺は行きます!鳥羽も来てよ!」
「浅見さんも行くんですか?」
奏汰が行くなら行ってもいいかも…と光輝は下心満載で尋ねた。
「行くよー。俺、その合宿が最後だと思うしな」
「え!?」
と思わず光輝は声が出る。
「基本三年生は九月でほぼ引退だよ。俺はそこまで卒論厳しくないけど、教職とるし」
「あたしみたいのもいるけどねー。でもカナちゃんが来なくなったらつまんないなー」
「まあ、行ける時は行きますよ」
はははと奏汰が適当に笑って、この話はそれでおしまいになった。
「じゃー、今回は一時間休憩ね。少し早いけどお昼も食うなり買うなりして」
昼前に行きとは違うパーキングエリアに着くと今度は奏汰も車を降りた。光輝は佐伯と二人でラーメンを食べたあと、お土産を買いたいと人で溢れるショッピングコーナーに行ってしまった佐伯と別れ一人でふらふらしていると、奏汰が一人で喫煙所にいるのを発見した。奏汰はぼんやり景色を見ながら壁にもたれて電子タバコを吸っていた。
彩乃や他のサークルメンバーが近くにいないのを確認して光輝は奏汰に近づいた。
「あの、浅見さん…」
「……何か用?」
奏汰はまた塩対応に戻ってしまっていた。少しだけ傷ついたがなんとなく光輝は奏汰のことが分かってきていた。この人は押すと引いてしまうくせに、こっちが身を引くと今度は不安になるのだ。なんとも面倒な性格をしている。まあ、そんなところも不器用で可愛いけれど、と光輝は内心にやつく。
「……あの、車の運転ありがとうございました」
「ああ、いいよ…運転好きだし」
「運転してる奏汰さんかっこよかったです」
と素直な感想を述べてみたのだが、
「………」
奏汰は何も答えず電子タバコを吸うとため息のように息を吐きだした。
「あと、星ほんとにすごかったです。来て良かった」
「……そっか。良かった」
奏汰はわずかに目元をゆるめたような気がした。
「昨日のことですけど…」
「昨日のことはもういいよ。君の気持ちは分かったし、分かったけど何もできないし。君の言う通り無視すればいいだけの話だし」
奏汰の瞳がラウンドの眼鏡の奥で再び硬くなっていくのを光輝は見た。こういう反応をされるのは予測できていた。
「そうですか、分かりました」
と光輝はそれだけ言うと、踵を返してさっさと立ち去ってしまった。
「え」
もう少し何か仕掛けてくるものかと思い身構えていた奏汰は拍子抜けする。
(なんだよ)
奏汰は去っていく光輝を引き留めようか一瞬迷う。けれどやめた。もうこれでいいじゃないか。多少傷つけてしまうのは仕方ない。これ以上傷つけないためにもここで終わりがいいんだ。
と思うのに…。
(なのに、なんでこんなにもやもやするんだよ)
奏汰は電子タバコを吸って深く息を吐きだした。
(振り回されてんなあ)
メンソールの入ったフルーツのフレーバーでも奏汰の頭をクリアにはしてくれなかった。
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