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第13話 それでも(3)
昼頃に現地に着いてからは蕎麦屋で蕎麦を食べたり、高原を散策したりして夕方前に山小屋に到着した。
「すげー!山小屋って言ってもでかいんですね」
山小屋の前に集まると佐伯を始め一年生達は純粋にはしゃいでいた。奏汰は自分が一年生だった時を思い出す。中学生の頃から天文部に入りたかったのだが、祖母の言いつけで文化部に入れなかった奏汰は、初めて山小屋に来た時に今の一年生のように無邪気にはしゃいでいた。
「ほぼコテージみたいなもんだしな。トイレは外に3つあるんだけど、シャワーは中に一つしかないから使いたいやつは今からどんどん順番に使って。あ、でも最初は女の子優先ね」
四年生は彩乃以外ほとんど来ていないので、実質三年生の幹事をしている奏汰がリーダーのになっていた。部長でもないし他にも幹事はいるのだが、どうしても奏汰がまとめ役になってしまう。
「具合悪くなったらすぐに言って。絶対無理しないで。他にも困ったことあったら俺でもいいし誰でもいいから上の人にすぐ相談すること。自分らだけで解決しようとしないでね」
色々と注意事項を言いながら奏汰はちらっと光輝を見た。光輝は手元のしおりに目を向けていて奏汰の方を見てはいなかった。光輝からパーキングエリアで「まだ好きだ」と聞かされた直後に彩乃と佐伯が戻ってきてしまったので、話が途切れてしまっている。
光輝と二人で話がしたいがなかなかチャンスがなく、奏汰は焦れていた。しかし光輝は奏汰のことを一切気にする素振りは見せず、無視をしているかのように接触をしてこなかった。
(俺のこと好きなんじゃないのかよ)
直感の鋭い奏汰でも真意が分からず、もやもやが募ったままあっというまに陽が落ちてしまった。
「すげーー!」
初めて山小屋合宿に来た一年生達から感嘆の声が上がる。幸い晴れたままで空には満天の星空が広がっていた。
「すごい…」
光輝もこんなに星を見たのは初めてだった。プラネタリウムに毛が生えたものを想像していたが、そんなものではなかった。それは宇宙が剥き出しになっているような光景だった。自分は確実に宇宙の中の一つの生命なのだと感じさせられるような星空だった。
「な、すっごいだろ!」
隣では既に一度合宿に来たことがある佐伯が興奮している。星よりも光輝が圧倒されている様子が嬉しいらしい。
「うん……」
正直大自然になど興味はなく、星の観察なんてどうでも良かったのだが、これは肯定せざる得ない。
各々写真を撮ったり、寝転がったり自由に過ごしていた。山の夜は都会と違って長袖でも少し寒いくらいだった。
光輝もみんなから少し離れたところで草むらに転がってぼんやり空を眺めていた。重力を無視して自分が空に落ちてしまいそうな感覚がする。
嘘みたいに星の欠片がヒュンヒュン飛んでいる。願い放題だった。
(幸せになりたい幸せになりたい幸せになりたい)
光輝は心の中で3回唱えた。光輝がずっと昔から願っていることだった。平凡で平穏な人生。好きな人と普通に暮らしたい。羨ましがられるような人生じゃなくていい。普通に暮らしたい。それがきっと一番幸せだと光輝は思っていた。
自分ってちっぽけだなあ。と意識が宇宙に飛んでしまいそうになる頃、視界に奏汰が現れた。
「星、癒されるだろ」
奏汰は寝そべる光輝の隣に一緒になって寝っ転がった。さっきまでカメラや双眼鏡の使い方を一年生に教えていた。物腰が柔らかく教え方の上手い奏汰の周りには人だかりができていた。光輝はそれを遠くから見ていた。
「……正直、圧倒されました…」
と光輝が答えると奏汰は嬉しそうに笑った気がした。
「鳥羽は好きな星とかある?」
「好きな星…?あんまり考えたことないかも…」
「俺はプレセペ星団が好きなんだ」
「プ…?」
「俺の十二星座はかに座なんだけど一等星も二等星もなくてさ。それ知った時は子供ながらにがっかりしたんだよね。でも蟹座にはプレセぺ星団っていう有名な散開星団があるんだよ」
「今、見えますか?」
「今の時間はあんまり見えないんだ。春先が一番よく見える」
星について語る奏汰の顔は少年のようだった。なぜ天文サークルなどに入っているのだろうと思っていたが、本当に星が好きなようだった。好きな人が好きなものを語る顔を愛しいと思う感覚を光輝は初めて感じた。
「見てみたい…浅見さんの好きな星…」
他意なくそう思って出てきた言葉なのだが、奏汰はそれには答えず
「さっきの話の続きしていい?」
と言った。
「そんな話、こんなところでしていいんですか?」
「……まあ、ここ誰もいないし…」
と奏汰は少しだけ身を起こしてきょろきょろ見回しながら答える。
「あー…あの…あのさ…」
と奏汰が何から話したものか言いあぐねていると、
「ふっふふ…」
突然、光輝が笑いだした。
「何!?」
「まだ好きって言ったのそんなに気にしてるんですか?可愛いですね」
暗闇でちゃんとは見えないが、光輝は悪戯っぽく笑っている気がする。
「なんなんだよ、俺のことからかってるの?」
「からかってないです。本当に可愛いなあって思ってます」
「……」
「俺、どうしても奏汰さんと付き合いたいなあ」
光輝はごろっと体を回転させると奏汰に覆いかぶさるように抱き着いた。
「ちょっと……やめてよこんなとこで」
奏汰は光輝をどかそうと力をこめるが、光輝は奏汰にひっついて離れない。
「俺に襲われたって言えばいいですよ」
と言って光輝は奏汰をぎゅうと抱きしめた。今日の奏汰からはハーブみたいな香水の香りがした。
「ちょっと、怒るよ!」
「俺のことなんか無視してればいいじゃないですか。なんでわざわざ探しに来たんですか」
光輝は押し倒した体勢のまま奏汰を見た。暗闇でも二人の目はしっかりと合った。しかし奏汰はフイと視線を外す。光輝のまっすぐさが受け止められない。
「それは…だから…ちゃんと話さないとって思って…。君がまだ俺のこと好きだって言うから…」
「好きですよ。奏汰さんがドMだろうがドSだろうが好きです」
「なんで、引いてたじゃん…」
「ハメ撮り見せられたら誰でも引きますよ。あれから俺一応考えてたんです。何に引いたのかなって。でも俺、奏汰さんがマゾとかがどうでもいいなって思ったんです」
「え?」
「ハメ撮りそのものと、それいきなり見せてきたことと、セフレがいたことに驚いただけです。だから奏汰さんの性癖とかはどうでもいいです」
「……」
「でも奏汰さんが俺を諦めさせたい熱意だけは感じたから、俺から接触しないように気をつけてたんですよ」
「……」
「でも今は奏汰さんの方が俺のこと気になってるように見える。違います?」
「違うよ!!」
と奏汰は咄嗟に否定したが、光輝は嘘を責めるような目で奏汰を見る。思わず
「あ、いや、違くないかも……俺がこんなんじゃなかったら…君と付き合っても良かったかもしれない」
と言ってしまった。だけど本心だった。光輝は可愛かった。こんなに自分のことを想ってくれるなら好きになってあげたい。と思うくらいには奏汰も光輝に好意を抱いていた。だけど…。
「でも、俺と君じゃ絶対に破綻するよ。今まで君みたいな人は全員そうだったから。だから付き合わない方がいいと思うんだよ」
こんなふうに純粋な子はいつか理想と現実の差に躓いてしまう。もし自分がその時光輝をとても好きになっていたら別れるのが辛くなる。それは嫌だった。光輝にも恋愛なんて楽しくないと思わせたら嫌だ。この子にはちゃんと幸せになって欲しいなと思うのだ。
けれど光輝はめげなかった。
「それって俺がセックス上手くなったらワンチャンあるってことですか?」
「はぁ!?」
「奏汰さん、好きです」
じっと光輝が見つめてくる。こんなふうに熱く気持ちをぶつけられたのは久しぶりだった。気持ちが良い。このまま彼の気持ちに押し流されて唇を奪われたくなってしまった。そしたらどれだけ気持ちが良いだろう。
「…………」
沈黙のまま二人は見つめ合っていた。奏汰は光輝と星空を見ていた。光輝は何座なのだろう。ふとどうでもいいことが頭をよぎった。
「カナちゃーん!」
どこからか、彩乃が呼ぶ声が聞こえた。
「「!!」」
考えるより先にお互いパッと離れた。どっどっどっと心臓から嫌な動悸がする。光輝を見ると光輝もまた気まずそうな顔をしていた。
「何してたの?向こうでみんなで集合写真撮ろうって」
「星の位置とか教えてたんですよ」
「えー、何の星?」
と会話しながら彩乃と奏汰が去っていくのを光輝はぼんやり見つめていた。もう少しでキスできそうだったのにな、とか思いながら。
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