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第12話 それでも(2)

 山小屋合宿に出発する日はよく晴れていて暑かった。梅雨の心配をしていたがいつのまにか明けていたらしい。それでもムシっとした都心の暑さに、奏汰はナチュラルで爽やかなハーバル系の香水を薄くつけてきた。  奏汰は早朝にレンタカーを借りて集合場所に着くと、顔を引き攣らせて挨拶をした。 「おはよう」  合計五台の車で四人ずつほど乗車して山小屋まで行くのだが、奏汰の車には光輝と友人の佐伯が同乗するのだ。もちろん奏汰に気のある桂彩乃も。  先日、彩乃が「私はカナちゃんの運転だと酔わないからカナちゃんの隣がいいなー。あ、後ろにはあの一年生二人を乗せようよ。知り合いなんでしょ?」とにこやかに提案してきたのだ。断る理由など見つからなかった。 「桂さん、浅見さん、よろしくお願いします!」  何の思惑もなく何も知らない佐伯だけが純粋な笑顔を浮かべていた。  高速に乗り景色が変わらなくなってきた頃、彩乃は 「鳥羽君と佐伯君は彼女とかいるの?」  とお決まりの話を振り出した。 「えっと……俺はいないけど…」  佐伯が言葉尻を濁してチラッと鳥羽のことを見る。この様子だと佐伯は光輝が同性愛者だと知っているらしい。 「…俺もいないですよ。俺、男が好きなんで」  奏汰は思い切りアクセルを踏みそうになり冷や汗をかいた。 (いやいやいや隠してないって言ってたけどここで言うなよ!!)  まさかこのまま俺のこともバラす気じゃないだろうなとダラダラ汗をかく。そんなことになったら事故ってしまうかもしれない。奏汰がバックミラーでチラッと光輝の様子をうかがってみたが、暑さなんて知らないような涼しい顔をしている。 「えっ!あ、そうなんだ?あ、もしかして二人とも付き合ってるとか?」  彩乃は特に驚くこともなく普通に会話を続ける。 (おいおいおいおい!話広げんなよ!)  奏汰はこの話が一刻も早く終わりますようにと願ったが、なかなか途切れない。おかげでハンドルを握る手が汗でべとべとになった。 「付き合ってないですよー!」  と佐伯が笑いながら言うと、 「全然タイプじゃないし」  と光輝が辛辣な物言いで言う。 「はぁ!?」  その二人の掛け合いが楽しかったのか、彩乃はけらけら笑う。奏汰もハハハと乾いた笑いをこぼした。 「えー、じゃあどういう人が好きなの?」 「……優しい人…」 「きゃー、なんかキュンっときたー!」  と盛り上がっているが、そいつあなたのライバルだからね?と奏汰は心の中で突っ込む。 「あ、じゃあカナちゃんみたいな人が好きなんじゃない!?」  と彩乃は何を考えているのか黄色い声で振ってきた。 「……ええ!?何言ってるんスか!あんまりそういう話してるとセクハラになりますよ!?」  やばい、マジレスしちゃった。と奏汰は焦る。 「えー、ヤバ。じゃあもうやめとこ。趣味の話とかしよ」  彩乃は奏汰のことはさして気にしてないように、あっさりと別の話を始めた。 「……はぁ」  あと二時間弱もこんな状態が続くのかと思ったら、既に疲労困憊になってしまった。  大きめのパーキングエリアに着くと、 「じゃー30分間休憩ね」  と言って奏汰はさっさとシートを倒して目をつぶってしまった。 「私たちは買い物行くよー山小屋着いたら何も買えないから今のうちに買ってね」  と彩乃に追い立てられて、光輝も佐伯も車を出た。都心よりも風が涼しくて気持ちが良い。     「あの浅見さんにも何か買ってった方がいいですよね」  光輝と佐伯は彩乃にくっついてコンビニで買い出しをしていたが、ふと光輝が彩乃に質問をする。 「あれ?やっぱりカナちゃんのこと気になってる?」  と彩乃はにまっと口角を上げた。 「別に……」  光輝はあからさまに嫌そうな顔をした。 「いいよねーカナちゃん。優しいし男くさくないし」  彩乃は光輝の表情に気付いたのか気付いていないのか特に気にもとめずに話を続ける。  光輝は彩乃の話に相打ちも打たず、ブラックのコーヒーを手に取ろうとした。しかし彩乃の細い指先が光輝の手を塞ぐように 「カナちゃんはねー、こっち」  とキャラメルラテを手に取った。水色に装飾された長めのネイルが武器のように見えた。光輝の顔がさらにムッとした顔をしたのを佐伯は背後からはわわと見ていた。 「でもカナちゃんって彼女いるらしいんだよねー。別れたら付き合ってほしーなー」 「……」 「なーんてね、じゃ買っちゃお」 「よく寝た……」  奏汰が目を覚ましてシートを起こすとタイミングよく光輝が戻ってきた。起きるのを外から待っていてくれたのかもしれない。 「どうぞ」  光輝は背後から奏汰にキャラメルラテを渡してきた。 「えっ、あ、サンキュ」 「いえ…」 「二人は?」 「トイレ寄ってから戻るって」 「そっか」 「………」 「………」  しばらく沈黙が訪れる。バックミラーに映る光輝は無表情で何も読み取れない。元々の雰囲気があまり明るくないため、なんだか怒っているようにも見える。実際怒っているのかもしれない。奏汰は沈黙に耐えられず口を開く。 「鳥羽」 「はい?」 「俺と一緒の車嫌なんじゃない?今からでも変えてあげるよ」 「嫌じゃないです。嬉しいです」  と少しだけそっぽを向いて答えた。 「嬉しい…?」 「俺と一緒で嫌なのは浅見さんでしょ」  不貞腐れたような顔と声で言われて、奏汰は少し慌てる。 「そんなこと……」  ないわけじゃなかった。 「浅見さんのことバラしたりしないんで安心してください」 「……」  なんと続けて良いか思いあぐねていると光輝が口を開いた。 「……浅見さんって彼女いるんですか?」 「は?いないよ?あ、彩乃さんになんか聞いた?」  昔、あまりにアピールされるので彼女がいるようなことを仄めかした気がする。 「なんか知らないけどあの人に浅見さんには彼女いるし自分も狙ってるんだとか、いろいろマウント取られました」  新人の男の子相手に何をしてるんだ、とげんなりする。 「うえーめんどくさ」  とつい本音を漏らすと、意外にも光輝は 「浅見さんひどいですよ。そうやって色んな人に気を持たせて最後はめんどくさがって」  と正論を食らわせてきた。 「う……ごめん……」  光輝にそう言われると弱い。なんといっても気を持たせてしまった人ナンバーワンだ。 「まあ、でも俺の方があの人よりリードしてますよね。なんたって一回ヤッてるし」  奏汰がしおらしく落ち込んでいると、光輝は突然そんなことを言ってきた。 (は!?) 「あの人プライド高そうだからそんなことバレたらあの爪で俺のこと刺してきそう」 「ちょっと待ってよ。君、俺のこと嫌になってないの!?」 「……え…?」  光輝はきょとんとした顔で 「好きですよ、ずっと」  と答えた。

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