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第11話 それでも(1)
ごめんなさい。
ごめんなさい。
おばあちゃん、
ごめんなさい。
早く死んで欲しいなんて思っててごめんなさい。
良い子になれなくてごめんなさい。
「カナタ」
「!」
奏汰が目を覚ますと隣で寝転がっているカイがじっと奏汰を見つめながら頭を撫でていた。
「だいじょぶ?」
カイはさして心配してなさそうなニュアンスで聞いてくる。奏汰は彼のこのかんじが時々寂しくて、でも好きだった。深く心配されるのは好きではない。元気なふりをしなくてはならないから。
「俺、今なんか言ってた?」
体を起こしてベッドサイドに置きっぱなしのペットボトルの水を取る。口に含むと常温になってしまったそれはぬるくてまずかった。
「うなされてた」
「…嫌な夢見てた」
「どんな?」
「なんだっけ…忘れた…」
奏汰はカイの胸に顔をすり寄せた。厚い胸板が気持ち良い。やっぱりカイのそばにいるのが一番安心するし一番気持ちが良い。この人に身を委ねていると何も考えずに済む。
奏汰はカイの太い足に自分の足を絡ませる。逞しいカイの太ももに自分の股間が当たり、熱が集中してしまう。
もう一回したい……。と思ったのだが、
「もう行くわ」
カイは奏汰の熱くなりかけた気持ちを察知したのかするっとベッドから出て行ってしまった。
「どこ行くの?別の人?」
空いてしまった空間は奏汰に虚無感を与える。奏汰はカイの居た場所に顔を擦り付けて、カイの匂いと温もりが残っている箇所を探った。
「うん」
誤魔化すこともなくカイは即答した。
(少しくらい濁してよ…)
カイが好きだった。カイは奏汰の初めての人だった。数年前から今この時もズルズルと寝るためだけに会っている。彼氏ができて一時的に会わなくなっても、別れれば何事もなかったかのように会った。
カイは奏汰を拒む事はしなかったが、カイから奏汰を求めることもしなかった。だからこの関係が脆弱なものだと奏汰はよく分かっている。
好きな人に好きになってもらえない苦しさを奏汰も抱えていた。だから光輝には一刻も早く自分を忘れて、良い人が現れますようにと心から祈っていた。
光輝に最後に会ってから三日ほど経っていた。あれから彼は姿を現すことなく奏汰は平穏に過ごしていた。いなければいないで若干寂しいと思う自分勝手な心に少し呆れたが、1ヶ月も経てば忘れるだろう。脈がないのにそばにいる辛さを光輝には味わって欲しくない。
しかし……。
「いや、なんでだよ」
奏汰は部室に来て思わず小さな声で突っ込んだ。
今度こそ光輝は諦めたと思ったのに、なぜかサークルの集まりに普通にいた。今日は来週末の山小屋合宿の説明会だ。今月は希望者が少ないので20人くらいだ。参加者のほとんど一年生だった。光輝は佐伯と一緒に平然と座っていた。
「おー、鳥羽も来るんだ?」
昔のバイトの後輩という設定だったので、半ばやけくそで奏汰はフランクに話しかける。なんで来るんだよ、というクレームの意が含まれているのを光輝だけは感じ取った。
「はい、面白そうなんで」
光輝はとしれっと答える。
(何考えてんだ、あいつ…)
まさかあれでも諦めないのだろうか?光輝に見せたハメ撮りは一応軽めの部分を見せたのだが、それでもだいぶショックを受けていたように見えた。気のせいだったのだろうか。それとも持ち直した?まさか腹いせに自分の性的指向をバラしにきたんじゃなかろうか?いや、本当に天文に興味が湧いただけかもしれない。それならいい。それなら何も関係ない。
奏汰は部会の間ぐるぐると考えたり、光輝をチラチラ観察していたが、光輝は今までとは打って変わって始終しらっと過ごしていた。
部会が終わってからも光輝は奏汰に絡んでくることなく佐伯と帰って行った。
「…………」
片付けをしながらぼんやりと光輝の出て行く姿を見ていたら、
「カナちゃん!」
「わっ」
女生徒から不意に呼ばれて奏汰は思わず驚いた声を出した。
「やだー!驚きすぎなんだけど」
「あ、あはは、すみませんボーっとしてました」
この女生徒は桂彩乃という。もう四年生だが、親のコネで就職先も決まっており、卒論もそこまで大変じゃないということでやたらサークルに来る。
やたらサークルに来る理由は自分にあることを奏汰はなんとなく気づいていたが、どうにか気づかないふりをしている。
「あの佐伯君が連れてきた子さぁ、前にカナちゃんのことすっごい探しててゼミの場所教えたんだけど、会えた?」
奏汰は心の中で犯人はお前かー!と叫ぶ。
「あ、ああ!会えましたよ!すみませんお手数かけちゃって!」
彩乃は嬉しそうににこにこしている。奏汰もつられてにこにこ笑う。それを良い雰囲気と思ったのか、
「ねぇ、今日暇?ご飯いかない?ちょっと打ち合わせし足りない事あって……」
と甘えた目で誘われてしまった。
「あー、バイト行くまでなら」
奏汰はもちろん断ることができない。断って傷つかれる方が面倒なのだ。
「何時から?」
「19時からですけど」
奏汰は近所の個人経営の塾でアルバイトをしていた。主に中高生に英語を教えたり高校生に論文指導や面接指導をしていた。光輝に初めて会った時に朝からバイトと言ったのはもちろん嘘だ。
「えーあと2時間しかないじゃん!早く行こ!もう駅前のファミレスでいっか」
「いいですよ、行きましょ」
面倒くさい…という気持ちをどうにか心の最下層に押し込んで奏汰は荷物をまとめた。
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