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第10話 事情と純情(5)*

 奏汰は駅まであと少しというところで急に立ち止まって 「なんでそんなに俺に執着するの?あんなに怒ってたじゃない」  と問うた。駅についてしまえばそれなりに人がいる。こんな話を誰かに聞かれるのは嫌だった。  光輝は振り返って奏汰を見つめる。  純粋で、真っ直ぐな瞳だ。だというのに、どこか影があって寂しそうだ。光輝には不思議な魅力がある。変な奴だけど素直だし可愛いし決して嫌いではなかった。 「怒りましたよ。人助けでヤるとか意味わかんないし、俺は浅見さんの善意を満たしたかったわけじゃないですし」 「善意を満たしたかったとはちょっと違うんだけどなあ」 「とにかく、それでもずっと浅見さんが気になっちゃうんです。考えないようにしようとしてもいつのまにか考えてるし、これって好きってことじゃないんですか?ぶっちゃけオナる時も浅見さん出てき」 「わーーーっっ!!バカヤロウ!変な話を外ですんな!!」 「誰もいないからいいじゃないですか」  きょとんとした顔で言われ、奏汰は怒るのもバカバカしくなる。 「良くねぇ!!ああもう分かった」 「付き合ってくれるんですか?」  と顔を輝かせた。 「ちがう。ちょっと君に見せたいもんがある。ここだと見せられないから、カラオケ屋さんにでも付き合ってくれる?」 「カラオケ屋…?デートみたい…」  とうっとりした顔で言われ 「はいはい……」  奏汰は突っ込むのも面倒で適当に流した。  駅前は栄えてるとまでは言い難いが、大学があるせいか飲食店がいくつかある。今にも潰れそうな古いカラオケ店もあり、たまに学生が遊びに来たり昼寝に来たりしている。  光輝はウーロン茶を頼んで奏汰はアイスティーを頼んだ。店員がドリンクを運び終わると奏汰はおもむろにスマホを取り出した。そして光輝に密着するように座った。 「な、何するんですか…?」  首を伸ばせば唇が触れ合うほどに近づかれ、光輝はどきりとした。今日の奏汰からはシトラスのような匂いがした。古いカラオケ店は禁煙だったが、昔は喫煙可だったのかタバコの臭いが染みついている。奏汰の爽やかな甘酸っぱい香りは鼻孔を浄化するようだった。 「何もしないよ。変な雰囲気出すなよ」  奏汰はスマホを操作している。 「これなんだけど、ちょっと見てくれる?」 「?」  光輝が奏汰のスマホを覗き込むとそこには肌色の何かが蠢いている動画が映っていた。一瞬ではそれが何かは分からなかった。 『…………ッ』 『……!……!』  けれど、すぐにそれが男と男がセックスをしている動画だと分かる。  スマホで撮影しているのかブレてて暗くて分かりにくいが、誰かがバックから突かれているようだ。挿入している側が撮影しているようだった。  喘ぐような声と吐息とともに、囁くようにけれど情熱的に何か言葉を交わし合っている声が聞こえる。声が小さくてよく聞き取れないが、挿入されている男が奏汰であるのはなんとなく分かる。肩甲骨が天使の羽のように浮き出ていて背骨がくっきりと見える。綺麗な背中が艶かしく弓のようにしなって規則的に動いている。  奏汰も体格が良いが、それ以上に筋肉質で逞しい腕と手が奏汰の腰を掴んでいるのが見えた。 「かっ…!?」  奏汰さん!?と声をかけようとしたが上擦って出てこない。 「いいから静かにして」  奏汰は少しだけボリュームを上げた。  『……カナタ……ちゃんと言って』 『あっ、あっ、俺は、淫乱の変態です!』 『ごめんなさい、は…?』 『あっあああ、ごめんなさい、変態でごめんなさいッッ、あ、イク、イッちゃう』 『ダメ、イイっていうまでイクの我慢、ほら、』 『ふぁ、やだ、我慢できな、い、やっあっイってる…イって…あっ!』  映像の中の奏汰がこちらを向いた。達してしまった奏汰の蕩けたような瞳と目が合う。 「あ、引いた?」  と奏汰は可笑しそうに笑った。 「……………」  光輝の顔から血の気が引いている。 「コレ、ナンスカ…」  衝撃が過ぎたのか光輝の声がカタコトになっている。 「唯一のセフレとのハメ撮り」  奏汰はなんでもないようにサラッと答えた。 「奏汰さんって……」 「うんそう。俺、すっごいMなの。コレが君と付き合えない『事情』。わかってくれた?」 「…………」 「そういうわけだから、ごめーん」  と手を合わせてかわいこぶって謝ったが、光輝はすくっと立ち上がると無言のままドアから出て行ってしまった。昨夜とは大違いである。 「やりすぎたかな」  とは思ったが、全て事実なので仕方ない。このまま光輝となあなあで付き合ったとしても必ずこの壁にぶち当たる。今まで付き合った奴は全員そうだった。  自称ドSの男は、奏汰にひどい扱いをすれば良いと思って首を絞めてきたり、殴ってきた奴もいる。承諾もなしに友人を呼ばれてまわされた事もある。自分がしたいのはそういう肉体を痛めつけられたり、尊厳を奪われるようなプレイではないのだ。  だから優しい男と付き合ったこともある。自分のことを大切に大切にして寄り添ってくれる人。だけど、最終的にそんな事はできない、自分とのセックスがプレッシャーだと言って離れていった。  光輝はきっと後者だろう。会ってみてヤれば大体分かる。自分の事を満たしてくれるか否か。サディスティックなだけではダメだし、自分を暴いてくれるような積極性と直感の高さがないと無理だった。   奏汰は頼んだアイスティーにガムシロップとミルクを入れてかき混ぜた。ミルクはもやのようにアイスティーの中を揺蕩うとやがて溶けていった。  自分の中の悪い子を認めて欲しい。男が好きで、男に犯されるのが好きな自分を曝け出したい。それを発露させてくれるパートナーが奏汰には必要だった。  奏汰は自分の中の異常性を自覚している。だから付き合う男を見定めないと長続きしないことも分かっている。  光輝は可愛い。自分がこのような性癖ではなかったら付き合っても良かったかもしれない。変な奴だったけど、好意を抱いてくれるのは悪い気はしなかったし、振るのは罪悪感があった。  光輝のことは嫌いではない。でも破綻するのは目に見える。そしたら光輝はあんな性格だ、めちゃくちゃ傷つくし今度こそ立ち直れないかもしれない。彼が以前の恋愛で傷つけられたのは明白だ。その上、自分はすでに光輝に嫌な思いをさせている。トドメを刺すのは嫌だった。 「君だったらもっといい人いるよ…」  奏汰は光輝の純粋な笑顔や言葉を思い返しながらアイスティーを口に含んだ。

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