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第19話 恋は一方通行(4)

 あれから通行人をやり過ごして駅まで無言で歩いた。  歩きながら光輝ともう少し向き合ってみたい。と奏汰は思っていた。それから少しだけ負けたような気にもなっていた。  好きになれるとは思わなかった。好感は抱いていたが恋愛対象として恋人として好きになれる気がしなかった。最初のうちは。  それなのにいつの間にか彼に振り回されている。  奏汰は厳しい祖母の顔色を窺う癖がついて、大体他人の言動が読めるし、相手のやって欲しいことや言って欲しいことが分かる。だから他人に振り回されることがあまりない。あってもそういう人とは自然と距離を置くくせがついていた。だって面倒だし。  でも光輝には自ら振り回されに行っている気がする。けれどそれが気持ちが良い。敗北させられるのは気持ちが良い。光輝が揺らす波に浮かんでいるのは心地が良かった。    光輝ならカイを忘れさせてくれるかもしれない、と思った。 「結局、君はまだ俺と付き合ってたいの?」  駅に着いてしまう前に奏汰は尋ねる。 「うん」  光輝は即答した。 「でも俺、しばらくはカイくんのこと好きなままだと思うよ」  言いながら自分で自分のことをずるいと思った。すごく卑怯なことを言っていると思った。光輝はそれでもいいと既に言ってくれたのに、『君が俺で傷つくのは君のせい』と誓わせようとしている。 「………」  光輝は奏汰の思惑を見透かしたのか黙った。 「…ごめん……」  さすがに酷いことを言ったと思って奏汰は謝った。光輝は傷つけていい存在じゃない。自分のことを好きな人は傷つけてもいい存在じゃない。愛情を試していい存在じゃない。大切にしないといけない存在だ。  光輝はめげないし打たれ強そうだからついつい自分の意地の悪い部分が出てきてしまう。 「いや…どっちがマシなのかなって考えてたんです。一番になれないのって。でも一人ですよね…複数いるよりマシです」  突然光輝は、脈絡があるようなないようなよく分からないことを言いだした。 「え?何の話?」  しかし、光輝は奏汰の質問には答えず、 「だから、大丈夫」  と自分に言い聞かせるように呟いて奏汰を見つめた。あんまり大丈夫そうには見えなかった。傷ついているのに気丈にしている人の目だった。 「もう…なんで君は自分から傷つきに行くの」  奏汰は呆れたように息を吐いた。 「なんでだろう。俺、馬鹿なのかも」  と光輝はへらっと笑った。わざとおどけたように笑っているようだった。そんな能天気なキャラじゃないだろうに、と奏汰は思う。 「…今度、泊まりに来る?金曜とか…」  駅のホームで電車を待ちながら奏汰は尋ねた。一つの路線しか走っていないこの駅はホームが一つしかない。光輝とは反対方向だ。電車が来るまではあと五分くらいある。 「えっ、泊まっていいんですか?」  光輝は嬉しそうに顔を輝かせた。 「いいよ、別に」  嬉しそうな光輝を見て僅かに罪悪感が減る。罪滅ぼしになるか分からないが光輝が喜ぶことがあればしてあげたいと思った。 「えっ、じゃあ俺がご飯作ってもいいですか?」  光輝はきらきらした顔で尋ねてくる。 「ご飯?そんなんその辺で食えばよくない?お詫びに奢るよ」 「えぇー…」  とあからさまに残念そうな声を出す。 「作りたいの?」 「俺、多分、料理上手いですよ。家族のご飯ほとんど俺が作ってるし」  と少しだけ得意気な顔で言う。子供のようだった。 「そうなの?負担じゃないなら頼もうかなあ」 「ほんと!?」  と言って光輝は腕を絡めてこようとしたので、今度は避けた。 「外ではやめて」 「誰もいないですよ」  大学と住宅街しかないようなこの駅は降りる人はいても今から電車に乗る人はほとんどいない。ホームのはじっこにいる二人の周りには誰もいなかった。それでも男が好きということを隠していたい奏汰からすると、隣に光輝がいるだけで少しそわそわしてしまうのだ。 「じゃあ、その日は一緒に買い物したいです」 「えっ、うーん…」  と奏汰はしぶる。 「嫌ならいいけど……」  と暗い顔をする光輝に奏汰は慌てる。 「いや!?家から近いスーパーだと生徒とか保護者多いからさ」 「生徒と保護者?」 「言ってないっけ?俺塾でバイトしてるって」 「えっ、奏汰さん先生なの?」 「そうだよ」 「すごい、………いい…」  何を妄想しているのか知らないが、何かを妄想しているような光輝に苦笑する。 「あ、じゃなくて」  しばらく自分の世界に入っていたが、ハッとして光輝は我に返る。 「大丈夫ですよ。別に聞かれたって友達と宅飲みとか言っちゃえばいいじゃないですか。俺たちのことなんてそんな簡単に分からないですよ」 「それもそうか。なんかコウくんって堂々してるんだね」 「…高校の時、学年中にゲイバレしたんであんまりもう気にしてないのかも…」 「マジ…?」  他愛のない話をしているうちに光輝が乗る電車が来てしまった。光輝は電車のドアが閉まってもずっと奏汰に小さく手を振っていた。

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